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   step by step 
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 上品な香りが鼻腔を心地好く擽る。一口紅茶を含めば、同様の香りと苦味が口腔に広がり、それに満足げな顔をして、カイは丁寧にカップを揃いのソーサーに戻した。
 その動作と共に、向かいに座って新聞を広げているソルの視線がテーブルに降りた。コーヒーに手も付けず、じっとカップを凝視する赤い視線にカイが小さく首を傾げると、ソルもまた不思議そうな顔で呟いた。
「使ってやがんのか」
 脈絡もなく突然に低い声で指摘され、カイは一瞬何の事かと目を瞠った。その反応にソルは低く舌打ちし、カイはそこでようやくソルの言わんとした事に気が付いて、手元のカップに視線を落とした。
 元来の紅茶好きが高じてティーカップを集める趣味のあるカイだが、今手元にあるものは自分の手で買った物ではない。もう去年になるが、誕生日に唐突に現れたソルが置いていったものだ。それをカイは、ソルのいるいないに関わらず、もらったその日からずっと愛用している。
 年代物というわけでも、珍しいものというわけでもない。ごくありふれた品物だったけれど、今までにたくさんの人間からもらったどんな贈り物よりも、カイには価値のあるものだった。
 何より、ソルが自分のために選んでくれたものなのだと思うと、それだけで胸が暖かくなった。一体どんな顔で買ったのかと聞いてやりたい気もしたのだが、どうせ軽くあしらわれるだけだろうと口を噤む事にした。それにそんな事を言えば、だからお前は坊やなんだよ、と笑われるのは目に見えていたから。
 大事そうに両手でカップを包み込んで、カイはゆっくりと顔を上げた。僅かだが困惑したようなソルの視線とぶつかって、カイは曖昧な表情で目を伏せた。習慣となって使っているものだが、改めて本人に指摘されるとさすがに少し恥ずかしい。
「・・・覚えてたんだな」
「てめえで買ったものくらいは覚えてる」
 返答はやはり素っ気無い。意識した声音だということはすぐにわかって、カイは思わず吹き出した。本当に珍しい事だが、どうやら照れているらしい。表情に変化はないものの、不機嫌を隠そうともしない瞳の色にそれを悟って、カイは微笑みを深くする。
 しばらくそうして微笑んでいると、じろり、と咎めるような深い紅蓮の眼差しを向けられた。からかったつもりはないが、これ以上笑えば後で必ず仕返しが来るだろう。笑みを収めたカイは、言葉を控えてカップを口に運んだ。どういった仕返しをされるかは想像に易く、それは出来れば遠慮したい所だ。
 一方のソルも、何気なく零した言葉が失言だった、とばかりにカイから目を逸らし、再び新聞に視線を戻した。
 乱暴にカップを取り、一気に中身を空けてがしゃん、と音を立てて置く。照れ隠しにしては子供じみた動作だ。普段であれば窘めるところだが、けれど理由がわかっているだけに、カイは眉を顰めただけで何も言わなかった。
 いつもよりずっとぶっきらぼうに見える動作を何とはなしに眺めながら、そういえば、とカイはふと思い出して尋ねた。
「ソル、お前の誕生日はいつなんだ?」
「あ?」
 まだ不機嫌の抜け切らない声を発し、ソルは新聞から顔を上げた。
 ずっと、タイミングを逃して聞けずにいた事だった。本当は彼に知られぬよう、自分で調べるつもりだったが、聖騎士団時代の団員名簿にも、再会の場となった選抜大会の参加者名簿にも、ソルは誕生日や血液型などといった個人の情報を殆ど明かしていない。
 単に面倒がっただけなのだろうが、他に調べる術もなく、本人に面と向かって誕生日を聞くのは些か気恥ずかしくもあるが、この際仕方ないだろう。
 話題が誕生日に近付いた事を幸いと、カイは重ねて言った。
「ちゃんと、お返しをしたいと思って」
「いらねえよ」
 予想した通りの即答だった。照れ隠しなのかとも思ったが、やはり面倒さが先に立つのだろう。元よりこういった祝い事には興味を示さない男だ。伏せられた赤い瞳はその色を深くして、ソルの不機嫌を伝えてきた。
 しかしここで引いてしまうようなら、最初から尋ねたりはしない。カイはめげずに、少し口調を強めて、咎めるような声で言った。
「私の気持ちの問題だ。プレゼントを貰ったのにお返しもしないなんて、気分が悪い」
 出来るだけ素っ気無く言い捨てる。言い訳じみているとは自分でも思ったが、カイはそのまま早口に続けた。
「誕生日くらい教えてくれてもいいだろう。・・・そういえば、お前の年齢も聞いた事なかったな」
 真っ直ぐに瞳を覗き込んで、問い掛ける。ソルが自分のこうした視線にだけは弱い事を、カイは知っていた。本気で戦え、という要望はいつも撥ね退けられてしまうけれど、望みを正しく口にすれば、ソルはちゃんと応えてくれる。
 引く気はない、と視線を逸らさないカイに、逃げ場がないと悟ったのか、ソルは大袈裟に溜め息をついた後、カイから目を逸らし、ぐしゃりと髪をかきまぜながらぼやくように言った。
「覚えてねえ」
「・・・何だって?」
 面倒そうに背けられた顔を凝視しながら、カイは眉を釣り上げた。驚きに彩られた表情を横目で見やってソルは顔を顰め、カイが質問を重ねるより早く、自ら答えを繰り返した。
「だから、覚えてねえって言ったんだ」
「覚えてないって・・・自分の誕生日だろう?」
 応じるソルの口調は固く、普段よりずっと素っ気無い。その響きをも訝しげに思いながらカイが質問を重ねると、ソルはますます不機嫌な顔になってじろりとカイを睨み付けた。剣呑な光に思わず肩が揺れる。
 反論を許さない視線にカイが口を噤むのを見て、それで話は終わりだと言わんばかりに、ソルは再び新聞に目を落とした。
「てめえの誕生日なんざ祝ったこともねえよ。だから忘れた」
 感情の抑揚のない、冷たく突き放す言葉だった。一方的に話を打ち切られる形となって、カイは軽く唇を噛んで拳を握り締める。こうなればソルは、もう頑として口を割らないだろう。目を伏せたカイは、何とはなしに手に包み込んだままのカップを見つめた。
 理由を、知らないわけではない。彼が自身についての事を話したがらない本当の理由は、面倒がっているわけではないという事。
 知らない振りをしているのは、自分だ。
 自分が弱く、脆い事はわかっているけれど、それでも、全てを受け入れたいと思っている事は本当なのに。なのに彼は、心に触れさせてもくれない。踏み込もうとしても、それを許してもくれない。
「私では・・・受け止められないか?」
 思わず零れた呟きだが、低く小さなそれははっきりとした音としてはソルには届かなかった。しかし何事かを呟いた事はわかったようで、ソルはそれを小言と取ったらしく、新聞の向こうから呆れた声だけを投げかけた。
「生憎と、誕生日を喜ぶようなガキじゃないんでな」
「なっ・・・!」
 白い頬に朱が散った。明らかに自分を小馬鹿にした言葉を吐かれたカイは、かっと頭に血を上らせ、テーブルを乱暴に叩いて立ち上がる。唐突のけたたましい音に、ソルは眉を潜めてカイを見上げた。
「坊や?」
 呼びかけは訝しむ響きで、けれどそれもカイの気に障った。こんな時にも彼は自分を子供扱いで、名前で呼びもしないのかと思うと、怒りより虚しさに胸が痛くなる。
 碧い双眸を興奮に爛々と輝かせて、カイは声を張り上げた。
「もういい! 踏み込もうとした私が馬鹿だった!」
「おい、坊や・・・」
「出ていけっ! お前の誕生日なんか、絶対に祝ってやらない!」
 割って入ろうとしたソルの声を遮り勢いに任せて叫んだカイは、くるりと体を反転させて背を向けた。肩で息をしながら、全身で男を拒絶する。
 頬が熱く、視界が揺らいでいた。きっと自分は泣きそうな顔をしている。それを、今は見られたくなかった。
 しばらくの時間を置いて、溜め息と、椅子を動かす音がカイの背中に響いた。ソルが立ち上がったのだとわかったが、カイはそれでも頑なに男を振り返る事はしなかった。両腕で自分を抱き締めたまま、ソルの動向を待つ。
 視線を背中に感じた。そこからまた少し間があって、やがてソルは深い吐息と共に小さく呟いた。
「じゃあな」
 一言だけを残して、ソルはそのまま軽く手を上げただけで立ち去っていった。
 カイはそれを引き止める事も出来ず、気配が段々と遠のいていくのを、一人佇んだままで感じていた。


 テラスの柵に寄りかかったまま、カイはぼんやりと夜空を見上げていた。吸い込まれそうな深い藍の空には、無数の星と、丸い月が浮かんでいる。
 昼間追い出した男は、月が傾きかけたこの時間にも戻ってくる気配はない。追いかける気にはなれず、けれど男を忘れて部屋に入る気にもならなくて、カイはずっとテラスに身を置いていた。
 さすがに夜ともなれば空気は冷え、体は寒さを訴えているが、それでもカイは動かなかった。
 男が戻ってくる確信はない。むしろ、あの様子ではしばらく姿を見せないだろうと思ったが、しかし、ここで待っていたかった。いつものように、挨拶もなく柵を越えてくる男の事を。
 そして一番に顔を見て、謝りたかった。馬鹿にされても呆れられても、ちっぽけな自尊心などかなぐり捨てて、自分の気持ちを正しく伝えたかった。
 大事だったのは、彼の誕生日などではない。過去も何もかも、自分にとってはどうでもいいのだ。彼が本当は人でない事も、それを自分に隠そうとしている事も、どうだっていい。
 だって自分はこんなにも、ソルを求めている。
 ただ抱き締めて欲しくて。短くてもいい、一緒に過ごす時間が欲しくて。
 細めた碧い瞳から、一筋だけ涙が零れて頬を伝った。それを拭いもせず、カイは声にならない願いを心中で繰り返す。
『・・・早く、戻って来て』
「呼んだか?」
「えっ・・・」
 暗闇から響いた声に、カイは弾かれたように柵から体を離した。聞き慣れた音を探して首を巡らせれば、声の主は容易くカイの視界に収まった。
 鉢金に手を当て、整えられていない長い前髪の奥から紅蓮の瞳を輝かせて、男は気配を隠しもせずカイに歩み寄った。夜の静寂に、男の不規則な足音が響いた。
「・・・ソル?」
 目前まで来て足を止めた男を、カイは幻でも見るような瞳で見つめる。柔らかな月光に照らされたソルの姿は、普段のような激しさは欠片もなく、ひどく穏やかな印象を受けた。それこそ夢か幻のようだ。
 唇を引き結んだまま、一定の距離を保ってただ自分を見つめるソルに、そっと、手を伸ばす。触れたら消えてしまうのではないかと思いながら。
 指先が肌に触れてようやく、カイはそこにソルがいるのだと感じて、呆けたような声を出した。
「・・・もう、戻って来てくれないかと、思ってた・・・」
 恐る恐る、といった態でソルに触れながら、カイは頼りなく目を伏せた。勝手を言って気持ちをぶつけて、彼を困らせたのは自分の我侭と醜い嫉妬心だ。彼はそれを煩わしがると思ったし、面倒がるだろうと思っていた。
 二度と会えない、という事がなくとも、しばらくは顔を見せてはくれないと覚悟していた矢先の男の姿に、カイはただ驚くばかりだ。
 その驚きの表情を、ソルは逆に驚いたようだった。
「俺が戻る場所はここだけなんだろ」
 まるで他人事のようにソルは言い、手の平を胸に当てたまま動きを止めたカイを引き寄せた。近付く距離と鼓膜を震わせた低音に、カイは目を見開いてソルを見上げたが、ソルは視線に答えるより先に、カイの頬に触れさせた指先を滑らせながら軽く溜め息を吐いた。涙の痕を優しく拭ってやりながら。
「ずっと外にいたのか」
 触れた青年の体はひやりと冷たく、ソルは眉根を寄せて責める口振りで尋ねた。テーブルを見やればカップもそのままで、答えは聞くまでもない。ソルは小さく馬鹿、と囁いて上着を脱ぐと、剥き出しの肩にそれをかけてやった。
 曖昧に笑って答えをはぐらかしたカイは、再び頬に添えられたソルの武骨な手に自らのそれを重ねた。冷え切った体に男の熱は心地好く、何より傍にある男の存在が、カイの全身をじわりと暖かくしていった。
 気配を身近に感じている事だけで安堵する。零れそうになる涙を堪えてカイは口を開きかけ、やめた。今は謝罪の言葉より、他に伝えたい事がある。
 カイは顔を上げ、真っ直ぐな視線でソルを捕らえた。
「祝い事をしたかったわけじゃない」
 冷えた夜気を、凛とした声が震わせる。強く甘美な響きを持つそれに、ソルは黙って聞き入った。軽く頷いて先を促してやると、カイはほっとしたように表情を和ませた。重なった手に少しだけ力を込めて頬を寄せ、唇を触れさせながら続ける。
「他の誰でもない、お前だから。・・・お前だから、私は、祝いたかったんだ」
 一言ずつを区切るように告げると、男は僅かだが笑ったようだった。
「そうか」
「でも、もういい・・・お前は、ここに帰って来てくれたんだから」
 ふわり、とそこに光が灯るような暖かな微笑みで、カイはソルを見つめた。
 特別な日などなくても、彼が傍にいてくれるなら、自分にはそれが特別なのだ。さすがに照れくさく口には出来ないが、それでも違いなく伝わるようにと、カイはじっとソルの瞳を覗きこむ。
 ソルはやはりごく薄く笑っただけだったが、それでも充分だった。声も思いも、確かに届いたのだと、今はちゃんと信じられる。
 肩に羽織った上着を前でかきあわせながら、部屋へ戻ろう、と促したカイに、ソルはふと思い付いて顔を近付けた。
「で?」
「?」
「坊やは、何を用意してくれるつもりだったんだ」
 ソルにしてみれば少しの意地悪と、興味本位の問いかけであろうが、カイは完全に意表を突かれてしばし沈黙した。誕生日のお返しはもちろん用意するつもりではいたが、今この時に何をと聞かれても、咄嗟には答えが出てこない。
「・・・お前の欲しいものなんて、思いつかない」
 少しの間を置いて、カイは苦笑交じりに呟いた。今まで、ソルが何かを欲しがっているのを、カイは見た事も聞いた事もない。基本的に物欲の薄い人間なのだ。
 その彼に自分が与えられるものなど、今は、一つしかない。意地の悪い質問へのちょっとした意趣返しのつもりで、カイは悪戯っぽく笑った。
「だから・・・手近なもので済ます事にした」
 カイは手を伸ばしてソルの頬を包み込むように添えると、さっと顔を寄せて口接けた。
 押し付けるだけの口接けだったが、それでもカイの意図は理解できる。ソルは驚きに目を瞠ったが、それもすぐに面白いものでも見るように細められた。あまり性質の良くない顔をして、ソルは無言のままカイの言葉を待つ。
 間近から交わる視線にうっすらと頬を染めながらも、カイは目を逸らさず、深い碧の眼を煌かせて微笑んだ。苦笑に近い、寂しげにも見える笑顔だった。
「私は、女性ではないから・・・お前を喜ばせる事は出来ないかもしれないけど・・・」
「上等だ」
 消え入りそうな声を遮って、ソルはあっさりとそう言った。今度は自ら口接けを仕掛け、しかしらしくなく軽く触れ合わせただけで離れる。
 子供を宥めるような優しい所作に、カイは目を瞬かせてソルを見つめた。それこそ幼い表情を見せたカイに、ソルは苦笑した。長めの前髪を武骨な指先でかき上げ、露になった白い額にそっとキスをして、吐く息にのせてついでのように囁く。
「いい加減自惚れろ、カイ。俺が満足できんのはお前だけなんだよ」
「・・・!」
 普段は呼ばない名前を口にされ、カイは大きく目を瞠った。俄かにソルの発した言葉を理解は出来ず、そのまま固まる。
 呆けたような顔で動きを止めた青年を、苦笑いを深めたソルはゆっくりと腕に抱いた。男の体温が自らのそれと溶け合い、鼓動が重なっていく。そうしてようやくカイはかけられた言葉の意味を悟って全身を震わせた。
 腕の中の青年の身動ぎに、ソルは低く笑った。
「だから、全部よこせ」
 断定的な命令に、カイは答えなかった。今更答えることではないと思った。ソルもあえて答えを促す事はせず、沈黙を守ったままでカイを抱き締める。柔らかな抱擁だった。
 男は答えを知っている。そして、カイ自身も。
 ―――この身の全ては、もはや自分のものではないということを。


 横たわるソルに跨る体勢で、鍛えられた腹筋に両手をついて体を支えながら、カイは緩やかに身を蠢かす。
 奥深く呑み込んだ欲望が内壁を擦り上げる感覚に、カイは甘く呻きながら喉を仰け反らせた。結合部から響く、ぐちゃり、と濡れた音に聴覚からも追い立てられ、きつく閉じた眦からは生理的な涙が一筋、頬のラインを伝ってソルの肌に落ちた。



 一旦腰を浮かせて先端までソルのものを抜き取り、支える手に助けられながら再びそれを体内に埋める。全てを収めきり、最奥を固くいきり立ったものに刺激され、カイは引き攣れた吐息を漏らしながら堪え切れない、といった風に緩く頭を振った。じとりと肌を湿らせていた汗が、月明かりに反射しながら宙に散った。
 内部の熱塊を意識して締め付けはするものの、慣れない自分からの行為では中途な刺激にしかならず、ソルも、そしてカイ自身も絶頂には至らない。
 眩暈のするような感覚に苛まれながら溺れる事も出来ず、カイは胸を逸らして喘ぎながら、切れ切れに限界を訴えた。
「ソ・・・ル、もう・・・っ」
「―――もう降参、か?」
 カイの下から意地悪く呟いたソルは、くく、と低く喉を鳴らして身を揺すり上げた。激しい動きではなかったけれど、それがかえって敏感になった体には辛く、カイは泣きそうな声を上げた。淫に色付いた甘い嬌声に、ソルは満足げに目を細めてカイの媚態を眺めやる。普段の彼からは想像も出来ない淫らな様子は、男の独占欲を強く煽った。
 必死の懇願にも動こうとはしないソルに、カイは一つ溜め息を落とすと、ゆっくりと上体を倒して顔を近付けた。身動きに最奥を刺激され、端正な顔を辛そうに歪ませながら、そっと、唇を触れ合わせる。
 情欲を煽るものではない、温もりを分け合うだけの、幼い口接けだった。カイは唇を離し、吐息が触れる距離からソルを見つめ、荒い息と共に熱に浮かされた声を吐いた。
「ソル・・・っ、もっと」
「ん?」
 先を促すついでというように、悪戯に腰に手を滑らせると、息を詰めた音に言葉が遮られて止まる。堪えがたく蕩けた息を漏らしながら、カイはそれでも真っ直ぐに、情事の淫らさとは程遠い真摯な眼差しでソルを射抜いた。
「もっと・・・お前が、欲しい」
 囁くように弱く、しかしはっきりとした誘いの言葉だった。かつて青年の口からは聞いた事もない直接的な言葉に、ソルは瞠目したが、それも一瞬だった。ソルは細い腰から肩へと手を滑らせてカイを捕らえ、了承の返事の代わりに深く口接けた。
 施される荒々しいキスに、カイは翻弄されつつも次第に応えていく。呼吸さえままならない口接けに苦しげに眉を寄せると、不意に肩を抱く手に力が篭った。
 何を、とカイが問いかけようと体を離そうとするのを許さず、ソルは繋がったままの体を強引に引き寄せて下に組み敷いた。激しい身動きに内部をかき回され、カイは身を竦ませて呻く。
「んあ、やっ・・・!」
 大きく足を開かされ、男の獰猛な紅い瞳を今度は見上げる形となって、カイは上気した頬をさらに赤らめて身震いした。
 ソルの紅蓮の瞳には欲望の色が濃い。自ら望んだ事とはいえ、強すぎる視線と深く鮮やかなその色に、期待と恐れとが同時にカイを苛んだ。ソルが怖いという事は決してないが、未知の感覚への恐怖だけはいつになっても拭い去れない。
 複雑な表情を見せたカイにソルは手を伸ばし、安堵させるように優しく頬を撫でた。
 しかし、瞳に宿る淫は薄れる事も揺らぐ事もない。焼き尽くす激しさでカイを映している。
 たまには、とソルはぽつりと呟いた。
「坊やに乗っかられてんのも悪くねぇが・・・」
 低く力のある声が、からかうようにカイに降り注いだ。浅く呼吸を繰り返して息を整えていたカイは、あからさまな言葉に眉を顰めふいっと顔を背ける。拗ねた仕草に口元を緩め、ソルはほっそりとした頬を捕らえると、少々強引に顔を向けさせた。
 再び視線が絡み合う。縋るような睨むような、微妙な感情を含んだカイの碧玉の双眸に、ソルは意地悪く笑った。
「見上げるより、見下ろしてる方が楽しいな。やらしい顔がよく見える」
「なっ・・・、うぁ、あ!」
 反論の間を与えず、ソルは腰を鷲掴んで乱暴に自身を抜き差しした。ずるり、と生々しい音を立てて引き抜き、叩き付ける勢いで全てを収める。荒い動きに細い体は容易く翻弄され、抱え上げられた足が虚しく宙を蹴った。
 落ちてくる視線を受け止めて、カイは掠れた声で男の名を呼んだ。
「ふぁ・・・あ、ソル・・・ソ、ル」
「そう急かすな・・・」
 囁く響きは優しいが、ソルはカイに休む間を与えず再び最奥まで自身を差し入れた。激しく抉る動きにカイはあられもなく声を上げ、揺さぶられるまま身を捩じらせる。
 反射的に逃げを打つ体をさらに深く貫かれれば、もはや押し寄せる快楽に抗する手段もなく、カイは不安げに彷徨わせた手をソルの背に添えた。綺麗に筋肉のついた体を爪を立てながら引き寄せ、跳ねる体を縋りつかせて、カイはきつく目を閉じた。荒く息を吐きながら、ソルの耳元に唇を寄せ、強請るように名を繰り返す。
 限界を訴える締め付けと触れる指先と抱えた足が震えるのを感じ、ソルは乾いた唇を舌で舐め湿すと、青年の望むまま叩き付けるようにして一際深くを抉った。
「ひ・・・あ! ソル・・・っ!」
 甲高い悲鳴じみた声が吐き出されるのと同時に、体の合間で揺れていたカイ自身が、最奥への刺激と肌に擦られる刺激とで弾けた。熱い白濁を下腹に浴びて、ソルもまたカイの中に欲望を放つ。
 小刻みに体を震わせてそれを受け止めたカイは、解放の余韻に弛緩していく体で、それでもソルを離そうとはせずに、絡めた腕に力を込めた。
 明確な意図を持って寄って来る肢体を優しく抱きとめてやりながら、ソルは未だ繋がったままの体勢で低くカイの耳元に囁きかける。
「どうした、まだ足りねぇか?」
「・・・ん」
 僅かに乱れた低い声での揶揄に、カイは反論せず小さく頷いた。いつになく素直に体を開くカイにソルは些か驚いた顔をしたが、これも『贈り物』のうちだろうと都合のいい解釈をして笑う。その笑みに不思議そうに視線を上げてくるカイに軽くキスをして、ソルは改めてカイを抱きなおした。
 青年の誘いに乗って、ソルは再び細い体を突き上げた。緊張が解け、ソルを包み込んでいた内部がまだ爛れた熱を持ち欲望に絡みつく。煽るように締め付けてくるのに逆らって律動すると、快楽の抜けきらない体は簡単に乱れて、ソルの前に艶めいた媚態を晒した。
 薄く開いたカイの唇からは、甘い喘ぎに混じって男を求める言葉が零れている。
 ソルは満足げに口元を綻ばせると、正直に欲望を口にする青年を高みに追い上げるべく、華奢な肢体を深く抱き込んだ。


 カーテンの隙間から差し込む陽光が、眩しく目を灼く。朝にまで及んだ激しい行為からようやく解放されたカイは、乱れた息を静めながら少々の自己嫌悪に陥った。
 憔悴した中に不満そうな顔を見せたカイに、ソルは低く喉を鳴らしながら問い掛ける。
「何だ、まだ欲しいのか?」
「ち、違う! ・・・そうじゃなくて、結局、お前に甘えただけだと思って」
 耳朶に吹き込まれる揶揄の言葉を慌てて否定し、悪戯に肌を滑る手を押し止めて、カイは緩く頭を振りながら呟いた。声にはありありと不満げな響きが篭っている。
 一年に一度の祝いさえままならぬなら、せめて今だけでもソルの望むものをと思ったけれど、結局の所望んだのは自分も同じで、それがカイには甘えのように思えて、少し不満なのだ。
 しかしソルは平然と、やはり意地の悪い微笑みで、何でもない事のように言った。
「充分楽しませてもらったぜ? ・・・いつもこうだと可愛げもあるのにな?」
「・・・っ!!」
 今更ながらに自らの痴態を自覚させられて、カイは言葉を失って顔を赤らめた。夜明けの頃にもなると殆ど意識も朦朧として覚えてはいないが、それでも、ソルの名を呼びもっとと自ら腰を動かして、相当に乱れた事だけはうっすらと記憶が残っている。
 耳まで赤くして体を縮込ませたカイに、ソルは追い討ちをかけるように囁いた。
「坊やの誕生日もこれにするか」
 俺が欲しいんだろう、と挑発的な視線を間近から注がれる。否定も肯定も出来ず、カイは抱きこまれた胸の中で窮屈に身を動かした。
 逃げようと思ったわけではないが、ソルの体温と汗の匂いを感じている事さえ今は気恥ずかしく、少し離れようとしただけだったが、それは太い腕に体を絡め取られあっさりと阻止されてしまった。
 丸まった体を背後から抱き締めるようにして、ソルはカイの首筋に唇を押し当てる。くすぐったさと、背筋を駆け上がってくるそれ以外の感覚に、カイは掠れた声で抗議した。
「ソル・・・っ、だめ、仕事・・・が」
「色気のない事言うなよ。一日くらいサボりゃいい」
 にべもなく抵抗を撥ね退けて、ソルは抱き締めた手を胸元に這わせた。薄い胸板を撫で、先程までの愛撫の名残りで色付いた胸の飾りを指先で押し潰すように刺激すると、途端に声が熱を帯びて、無意識にソルを誘う。
「だって、も・・・や、無理っ・・・!」
 波のように襲う快感に声を上擦らせるカイだが、愛撫の手は止まない。理性とは関係なしに、体は次第に男の前に開かれていく。
 それでもなお抗する気配を見せたカイに、ソルはそっと耳打ちした。
「全部よこせって言ったろうが・・・?」
「んっ・・・」
 耳朶を掠める声さえ刺激になるのか、カイはソルに応じる事も出来ず、息を詰めて小さく肩を震わせた。
 しかし、返事こそないものの、組み敷いた体からは抵抗の力が消えている。律儀に『贈り物』としての義務を果たそうとしているのかと思うと、それはいかにも生真面目な彼らしく、ソルは吹き出す様にして笑った。
 笑いながら、毒気を抜かれたような気持ちで、頬を膨らませた青年の体に覆い被さる。圧し掛かられたカイは暴れる事も出来ずに、ソルから顔を逸らすことで怒りを示した。
 怒りとはいっても、ソルにしてみれば子供が拗ねたようなもので、口にすれば怒るだけだろうが、可愛いだけだ。くつくつと喉を鳴らして、男は青年を宥めるべく耳や頬、瞼に柔らかな口接けを落とした。
「そんな顔すんなよ、坊や」
「お前がさせてるんじゃないかっ」
「何もいらねえ」
 振ってくるキスを擽ったそうに受け止めながら唇を尖らせるカイを、低く甘く、密やかな声が包み込む。
 初めて聞くような声音に、カイははっとなって顔を上げ、鮮やかな紅蓮の瞳にぶつかった。真摯な眼差しに言葉を失ったのも束の間、ソルは止めていた手の動きを再開させ、下肢を緩く握り込んでカイを追い上げにかかった。
「ふぁ、や・・・ソル、待っ・・・!」
 予想もしていなかった突然の快感は、抗う間も無く全身に広がってカイの意識を蕩けさせた。唇から零れでる声も既にソルを留める事は叶わず、批難がましげな言葉にも耳を貸す様子もない。
 体を割り入れて足を開かせ欲望をあてがうと、つい先刻までの情交の残滓に濡れた秘所は、淫猥な音を立てて難なく男を迎え入れた。全身を隅まで満たされる強烈な快感に、カイは声もなく翻弄され、身を任せるだけだ。
 そうして快楽に意識を掠めさせておいてようやく、ソルは本心を口にする。
 彼に気を使わせたくないとか、面倒だとか、そういった理由で何もいらない、と言っているわけではない。そうではなく、必要でないだけだ。欲しかったものはもう全て、この両腕の中にある。
「―――坊やからはもう、色んなモンもらってる」
 呟きはソルの思惑通り、熱に浮かされたカイの耳に届く事はなく、情交の空気の中に消えていった。






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