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   plaything   ・・・act 9
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 圧倒的な存在感を持って、それ、は視界に飛び込んできた。
 髪も瞳も変わらない。否、変わってしまったとしても、見違える事など決してないだろう。
 かつて幾度となく交わったこの気配を、忘れる事など、絶対に。
 ―――ずっと、その予感は確かなものとして胸の内にあったのだ。
 いつかまた、必ず道が交わるだろうと。


 す、と腕を振ると、それに反応して部屋に法力の灯りがともる。
 大会中の宿泊、及び休憩用にと案内された部屋は、寝具と椅子と小さなサイドテーブルしかない、質素な部屋だった。ドアには鍵さえついていない。
 それでも個室が与えられたのは、自分が警察機構の人間だからか、聖騎士団の団長の肩書きを持っていたからであろうか。何にせよ、一人になれる空間が与えられたのはありがたいことだった。
 外套を椅子にかけ、自身はベッドに腰かけて、カイはぼんやりと天井を見上げる。あまり新しくもない建物の壁は、よくわからない染みに汚れていた。
 何とはなしに、常の習性のようなもので部屋の様子に注意深く視線を走らせながらも、カイの思考は全く違ったものに侵されていた。
 犯罪者から組織の人間、女性や子供まで、見かけも事情も様々な大会の参加者の中で、一際目を引いていた、男。
『・・・ソル』
 昔と少しも変わっていない赤い瞳は、あの数多い参加者の中で確かに自分を捕らえ、鮮やかに輝いて自分を射抜いた。
 まるで自分を嘲るかのように。そして自分は、その場から動く事さえ出来なかったのだ。
 背筋に走る悪寒に近いものを、カイはふる、と軽く頭を振ってやり過ごし、ごろりと身を倒した。安物のベッドが軋む。
 いつかは、また顔を合わせる事もあると、思っていた。
 彼の手には未だ封炎剣がある。自分の失態で奪われたもの。今は国連も表立ってソルを追う事はしていないけれど、それを取り戻すのは自分の役目だ。
 覚悟はしていたつもりだった。彼と顔を合わせても平静でいられるようにと。
 なのに、実際に再会すれば、こうも取り乱している自分がいる。胸に湧き起こる思いは全く形を変えているけれど、それでも、心乱されていることに変わりはない。
 彼を最後に見てもう五年も経つと言うのに、結局自分はあの頃のまま、自分の心すら自由に出来ない子供のまま、少しも変わっていないのだ。
 そう思うと、悔しさと不甲斐なさに胸が強く痛んだ。苛立ちとやるせなさと、様々なものが体をも軋ませる。
 カイは一つ大きく息を吐いて、ゆっくりと目を閉じた。神器を取り戻す事は重要であるが、今はこの大会の真偽を確かめる事の方が先決だ。背後には必ず、何者かの策略が存在する。おそらくは、ギアの影も。
 自分はその調査の為に大会に参加したのだ。ソルの事、封炎剣の事はこの不穏な空気を取り除いてからだ。
 どう理由をつけて正当化したところで、これはただの私怨でしかないのだから。
 気持ちを落ち着けようと何度か深い呼吸を繰り返していると、不意にノックもなくドアが開いた。カイは誰何もせず素早く身を起こして立ち上がり、傍らの封雷剣に手をかける。
 しかしその手は強張って、剣は震えた指先から零れ落ちて床に落ちた。
 ドアから体を滑り込ませてきた人物に、カイは大きく目を見開く。全身から血の気が引いていく気配、なのにひどく体が熱かった。
 男は悠然と口の端を歪めてカイを見下ろした。
「久しぶりだな、坊や」
 低く、そのくせ凛とよく通る声。坊や、とからかうその響きも変わらない。
 それらはまるで、時が逆流したような錯覚となってカイを襲う。
 カイが無言のままでいると、男は楽しげに笑った。
「どうした、俺を忘れたのか?」
「・・・・・・」
 忘れるはずないだろう、と確信した上での問いかけだった。それが何を揶揄したものかは、わかる。今も自分を支配しているもの。
 小刻みに震える手をきつく握りながら、カイは何も言わずに鋭く目を細めてソルを睨み付けた。その炎の眼差しに負けぬよう、渾身の力を込めて。
 だが射殺すような視線にも、ソルは薄く笑った表情を崩すことはなく、その冷然とした視線を受けたカイは、次第に心が冷えていくのを感じた。
 かつてと同じ目だった。炎の色をしているのに、ひどく冷めた印象を受ける瞳。
 戦場でギアと相対する時にこそ鮮やかに燃え上がるものの、日常でのソルの双眸は、意外であるが静かな印象の方が強かった。戦い以外の何にも興味がないとでも言うように、その瞳は何も映していないようにカイには思えていた。
 あの頃から、ソルは少しも変わってはいない。言うなりになっていた自分を、それこそ都合のいい玩具としか思っていなかったのだろう。
 それでも構わないと思っていた事は、否定できない事だ。玩具でも何でも、ソルの傍でソルに触れてもらえるなら、あの頃はそれだけで充分だった。自分は確かに幸せだったのだ。
 少しは愛されているかもしれないと、都合のいい錯覚までして。
 本当はただ、利用されていただけだったのに。
 鮮やかに蘇ってくる記憶から目を逸らし、ソルから顔を伏せたカイは、ソルの手に握られている封炎剣を目に留めて、苦々しく吐き捨てた。
「よく、堂々と私の前に出られたものだな」
 投げ遣りにも聞こえる声には、責める響きが強い。自然と篭ってしまった感情に、カイは少しだけ自己嫌悪を覚える。どうしてこうも、ソルの前だと感情の制御が上手くいかないのか。
 それでも声を荒立てる事はしないカイに、ソルはやはり平然とした顔で封炎剣を見下ろし、ぽつりと呟いた。
「隠れる理由がねぇな」
「・・・抜け抜けと、よくも・・・!」
 悪びれもせずに言ってのけたソルに、カイは屈辱にさっと顔を赤らめ、抑えた声を漏らす。感情に任せて怒鳴り散らした所で、この男は面白がるだけだろう。
 きつく唇を噛み、その痛みに頼る形でカイは昂ぶる感情を無理に鎮めた。ゆっくりと息を吐き、そのついでに言を紡ぐ。
「・・・今は」
 滑り出た声は強張っていた。怒りを隠し切れない自分に嫌気がさしながらも、カイは努めて平静な口調で続けた。ソルの顔を見る事は出来ぬままに。
「お前が何故この大会に現れたのかは、聞かない。ここから出て行け」
「へえ・・・つれないな、坊や」
 ドア付近で立ち止まったままだったソルが、一歩を踏み出して呟く。床の軋む音にカイは怪訝そうにソルを見て、はっとした。
 その赤い瞳が、見慣れた色を浮かべてカイへと向けられた。
「久々に、相手してやろうと思って来てやったのによ」
「・・・・・・!」
 間合いを詰めてきたソルのその言葉に、カイは言葉を発する事もなく瞬時に身を屈め、床に落としたままの封雷剣に手を伸ばした。
 が、一瞬早くソルが封炎剣を投げつけた。伸ばした手と封雷剣との間に突き刺さった封炎剣は法力の炎を纏っており、カイは指先を掠めた熱さから反射的に少しだけ身を引いてしまう。
 低く舌打ちして体勢を立て直した時には、既に遅かった。視界からはソルの姿が消えている。
 どこだ、と首を巡らせようとしたのと、服の後ろ襟を掴まれたのはほぼ同時だった。
「な、・・・っ!」
 唐突に襲った息苦しさに、カイは呻き声すら上げられずに宙に持ち上げられ、その勢いのままベッドに放り出された。さして柔かくもないベッドは衝撃を受け止めきれず、カイは強かに背中を打ち付けて咳き込んだ。
 息苦しさに力を失った隙を逃さず圧し掛かってきた重みに、カイはどけとも言わずに拳を振り上げる。
「おっと」
 遠慮の欠片もない突きは、無理な体勢という事もあり、あっさりとかわされてしまった。素早くもう一方の腕で喉元の急所を狙うが結果は同じで、逆に両腕を捕らえられて戒められる。
 さすがにこうなってしまえば力だけでは敵わない。それでもどうにか逃れようと身動ぎしながら、カイは鋭く声を張り上げた。
「離せ、何のつもりだ!」
「この状態で今更聞くようなことか」
 くつくつと喉を鳴らしながら煽るように言うソルに、腕が自由にならないならと膝で脇腹を蹴り上げる。
 やはり倒された体ではさして力も入らなかったが、さすがのソルも予想していなかった衝撃に一瞬だけ腕の力を緩めた。その隙を縫って腕を払い体を翻したカイだが、それも肩を掴まれ、うつ伏せの体勢でベッドに押し戻された。
 後ろ首を押さえ付けたソルは、わざと耳元に顔を寄せて囁いた。
「はっ、ちったあお転婆になったみてぇだな?」
「馬鹿にするな! この・・・っ」
 肩越しにソルを振り向く碧の瞳が、煌きを増す。ぱちり、と細かな雷光がカイの周囲に爆ぜ、ソルの体にも静電気のようなものを纏わせた。
「!」
 狭い部屋に青白い光が揺らめいた。それは美しくも鋭利な刃となって、カイの操るままにソルを襲う。
 カイを押さえつける手はそのままに、ソルは低く舌打ちして自らも目を細めて集中した。
 四方から迫る雷撃は、ソルの放った紅い光と相殺されて儚く空間に四散していった。しかし法力の大きさこそソルに分があるが、その制御と正確さはカイに分がある。
 打ち消しきれなかった雷光の一つが、ソルの頬を掠めた。
 精悍な頬の線を、滲み出た赤が伝っていった。視界の端にそれを捉えたカイは、だが攻撃の手を休める事はしない。自分を押さえつける手は緩まず、まだ圧倒的な不利は変わってはいないのだ。
 歌うような旋律が唇から漏れ、それに呼応して再び部屋が白く照らされていく。先程よりも数多い燐光が宙を舞って煌いた。
 だが、ソルは慌てた素振りの一つも見せず、ふん、と鼻を鳴らしただけだった。
「詰めが甘いぜ、坊や」
 乾いた唇を舌で舐め湿して、ソルは背中からカイに圧し掛かった姿勢のまま、首を押さえつけていた手だけを外した。
 僅かな自由を得てカイがソルを振り返ると、ソルは陰惨に笑って、片手を大きく払った。
 自分よりずっと太い戦士の腕が、明々と炎を纏って白い空間を切り裂く。
「あ・・・!」
 決着は、一瞬だった。
 カイが収束させた雷光は、ソルの放った炎に全て呑み込まれ消えていった。部屋に残るのは、熱気と壁が僅かに焦げた匂いだけだ。
 法術での攻撃もあっさりと片腕で払われ、カイは、きり、と強く歯を噛み締めた。いくら制御や技術に分があるとはいっても、ここまで圧倒的に力の差があってはどうしようもない。
 ソルは強引に肩を掴み再び仰向けにさせて、驚愕と屈辱とに瞠られたカイの瞳を深く覗き込んだ。
「抵抗するつもりなら、最初から殺すつもりで来りゃいいだろうが。手加減した力で、俺をどうこうできると思ったか?」
 図星を突かれ、カイはソルから視線を逸らして黙した。
 手加減どころか、本気を出したとてソルに敵うはずもない事は、誰よりカイ自身がよく知っている事だった。
 けれどこの狭い部屋で自分やソルが本気で法力を振るえば、建物ごと吹き飛ばしかねない。そうなれば、大会の参加者ともなれば死者は出ないにしても、怪我人は出るだろう。それは避けたかった。
 押し黙ったカイの呑み込んだ言葉を承知の上で、ソルは肩を押さえていた手を襟元へと滑らせた。急所でもある喉に触れられ、自然と体が跳ねる。
 ソルはそんな些細な反応さえ面白いと言うように、薄く笑って呟いた。
「まあ、犯されてえなら話は別だがな」
「っ、ふざけるな、誰がお前などに!」
 襟元を緩め、肌を晒し、明確な意図をもってうごめく手から体を捩らせ、カイは屈するものかと威勢よく声を上げた。
 甲高い声にいかにも煩げな顔をして、ソルはすっと顔を伏せた。手足をばたつかせて暴れるカイの耳朶に唇を寄せ、低い囁きを流し込む。
「大人しくしてろ。そうすりゃ昔みたいに可愛がってやるよ」
「嫌だ! 離せ・・・!」
 ついでのように甘く噛み付き、ねっとりと耳を舐め上げる舌の感触に、嫌悪以外のものを感じながら、カイは頭を振ってそれから逃れた。
 体を這う腕を退けようと爪が食い込むほどに力を込めてみても、ソルは愛撫の手を止めるどころか痛みを感じる素振りも見せない。肌を辿る手は、行為の乱暴さや力強さとは裏腹に優しく、それがなお一層カイを混乱させた。
「・・・! っ・・・ん」
 耳元から唇が滑り降りて、首筋の頚動脈の辺りを尖らせた舌先で辿る。服の内部へと侵入した熱い手は、薄い胸をまさぐり、その頂きを悪戯に掠めては離れ、を繰り返してカイを嬲った。
 触れられる場所全てが、燃えるようだ。体は少しずつ慣れ始めている―――思い出し始めている。かつて激しく交わった事を。
 重なった体から高くなっていく鼓動を感じているのであろう、ソルは白いうなじに唇を這わせながら、面白そうにカイを見た。
「相変わらず、感度いいな。ここをこうされるのがイイんだったか?」
 つ、と肌を彷徨っていた手が焦らされ硬さを増した頂きに触れた。
 的確に感じる箇所を責められ、カイは声を上げる事すら出来ずに詰めた吐息を零した。
 両手で肩を押し返そうとはするが、体重差もあり容易にはいかない。ソルはもはやカイの抵抗など歯牙にもかけず、優しく残酷に蹂躙を続けている。
 首筋の辺りにいくつもの華を咲かせていたソルは、更に唇を下降させ、浮き出た鎖骨にきつく口接けた。その刺激に身を竦める間も無く、指先に硬く尖りたった胸の飾りを押し潰され、堪え切れなかった嬌声が漏れた。
「嫌だ・・・いや、っ」
 うわ言のように繰り返される言葉は、既に意味もないものに成り果てている。それでもカイは頭を振り腕に懸命の力を込めてソルを拒絶しようとした。
 ここまで来てまだ堕ちようとしないカイに、ソルは冷たく、また苛立たしげに嘲笑した。
「体は、ちゃんと覚えてるじゃねぇか・・・イイ反応しやがる」
 からかう声。反論の言葉すら発する事が出来ない。
 次から押し寄せてくる快楽の波に、意識さえ朦朧としてくる。圧し掛かる体を押し退けようとする力が次第に弱まっていくのを自ら感じながら、カイは声だけは漏らすまいと必死で唇を噛んだ。
 既に血の滲んだ唇からは鉄の味がしたけれど、構わず深く噛む。そうでもしていなければ、気が狂いそうだ。全てを忘れて、あの頃のように惨めに溺れてしまいそうだった。
 何より体は、彼の言葉通りに、鮮明にソルに与えられる感覚を覚えている。
 覚えていて、受け入れようとしている。浅ましくも、更に強い快楽を、と求めている。
 それだけは認めたくなかった。自分を手酷く裏切った彼を、また自分から求めようとするなどと、絶対に。
「やめ、ろ・・・ソル、離せ・・・っ」
「その割には、随分と感じてるみたいだがな。どうせなら声も聞かせろよ」
「違うっ・・・・・・あう!」
 冷たい言葉を震える声で否定し、カイが顔を背けると、ソルは胸を弄っていた手を素早く下肢へと潜り込ませた。予告もなく直接欲望に触れられ、カイは悲鳴のような声を上げる。
 自身は愛撫に緩く反応し、濡れた感触を伝わせていた。包み込むソルの指が濡れた音を立て耳に届き、頬にかっと朱が散った。
 ソルを否定し、拒絶しながらも、惨めに反応してしまう自分の体に、カイは泣きたくなったが、それは堪えた。この上涙まで見せる屈辱など、それこそ惨めだ。
「・・・離せ、と言っている・・・!」
 高圧的に命じ、カイは両手でソルの首元を押しやった。常であれば、一睨みでギアをも威圧する眼差しにもソルは冷たく一瞥しただけで、首に絡んだ手にも頓着しない。
 答えの代わりに、欲望に絡んだ指が、ゆるりと上下に動いた。
 追い上げる動きではない、身に灯る悦楽の火を煽る緩やかな動きだった。
 繊細な愛撫に震える体を叱咤して、カイは片手で喉元を押さえ、もう片手を額の鉢金にかけた。
 意図しての事ではなく、ソルの意識を逸らす事ができればという無意識に近い行動だった。もはや思考能力も低下し、まともな抵抗すら出来なくなっている。
 殆ど力の抜けた状態での行動は、何らソルの妨げになるものではなかったけれど、鉢金にかかった手だけは別だ。ソルは上体を起こしカイの手を乱雑に払い除けながら、吐き捨てるような舌打ちを落とした。
「うざってぇな、無駄な事してんじゃねェよ」
「いっ・・・や」
 握り込んだカイ自身を一際強く扱き上げると、端正な表情は泣きそうに歪み、噛み締めていた唇からは引き攣った吐息が零れた。
 細い体は哀れなほど大きく跳ね、しかしそれすら抵抗にもなりはしない。
 勃ち上がり欲望を示している自身から手を離し、ソルは再び耳朶に顔を寄せた。
「こんな淫乱な体だ、ずっと一人で処理してた訳じゃねえんだろ? 誰を咥え込んでたんだ?」
 呟きにカイはきつく目を閉じて頭を振ったが、ソルは構わずに更に奥まった秘所へと手を這わせる。欲望から手を離されたことで安堵の息を漏らしていたカイは、再び怯えたように体を強張らせた。
「やめ・・・やめろ、ソル!」
 制止の言葉など聞く事もなく、ソルは先走りを掬い取って蕾へと触れる。
 入り口は硬く閉じていたが、濡れた指先で何度かなぞるようにすると、やがて馴染むように震えた。
 纏ったぬめりを助けにして、一本をやや強引に内部へ差し入れると、熱い媚肉が、指を千切らんばかりに強く締め付けてきた。
「つっ・・・ソル、やめ・・っ」
「キツいな・・・」
 奥へ奥へと捩じ込まれる指は、カイに痛みと圧迫感だけを与える。更に体を硬くするカイを宥めるように耳を舐め擽ってやりながら、ソルは内部をかき回してカイの官能を探った。
 逃げる腰を追うように深く貫いて、やがて二本の指を差し入れて奥まった部分をぐり、と押してやると、欲望が大きく震えて反応した。
「ここか」
「ひ、あ・・・ぅ、く・・い、いや・・・っ」
 不明瞭な喘ぎの中にも、カイは否定の言葉を混ぜて抗する。その声には確かな艶が混じっているというのに、決してそれを受け入れようとしないカイの態度に、ソルは乱暴に指を動かして声を封じた。
「素直になりゃよくしてやるって言ってるだろうが。嫌いな男の手でも感じるんだろ」
 応じる声はない。代わりというように、肩を押し退けようとしていた手がきつく爪を立てた。剥き出しの肩に赤い筋が引かれ、じわりと血が滲む。
 精一杯の行動であるが、その指先は小刻みに震えていた。逸らされた顔は赤く、苦しげな中にも艶めいた色があり、結局は強い快楽に翻弄されているカイに僅かな苛立ちを覚え、ソルはさらに深くを抉りながら囁きかけた。
「昔も、突っ込んでもらえりゃ誰でもよかったんじゃねえのか? 俺じゃ足りなくて、他の団員にも可愛がってもらってたか」
「・・・・・・!」
 投げかけられた言葉にカイははじめて抵抗を止め、限界まで大きく目を見開いて、声も無くソルを見上げた。
 紅蓮に燃えるソルの瞳は、冷たさと、苛立ちと、僅かだが怒りのようなものも含まれている。綺麗だ、とカイは今もそう思う。
 かつて自分が恋焦がれ、憧れたままの、鮮やかで綺麗な眸だった。強く猛々しい眸だった。
 けれど、口元に浮かぶのはやはり嘲るような下卑た笑いで、カイは一度表情を歪めると、大きく瞬きをした。閉じた目の端から、つ、と大粒の涙が零れ落ちシーツを濡らす。
 涙が溢れてくるのを、カイはもう止めようとも思わなかった。
 少なくとも五年前は、自分は間違いなくソルの事が好きだった。それは少年の憧れの部分も強かったかもしれないが、本気だった。
 女のように組み敷かれることに抵抗がなかったわけでは、決してない。それでもソルに抱かれるのならと、何を強要されても受け入れてきた。体だけでも必要としてくれるなら、と。
 ソルが決して自分を振り向かない事は、わかっていた。
 だが自分の気持ちは、ちゃんと知ってくれているだろうと、伝わっているだろうと思っていたのに。
 それすら、ソルには疑わしいものだったなんて。
『誰を咥え込んでたんだ?』
『他の団員にも可愛がってもらってたか』
 結局、自分がどれだけ狂おしく彼を想っていたところで、彼には、自分が誰にでも足を開くような人間にしか見えていなかったのだ。
 力ずくの無理矢理な行為よりもその事が悔しく、カイはシーツに顔を押し付けて涙を零した。押し殺しきれない嗚咽の声が部屋の夜気を揺らす。
「・・・、う・・・っ・・・」
 もう好きにすればいい。どうせ遊びつくされた体だ、今更汚れるだのということもない。
 投げ遣りな気持ちになってカイは全身から力を抜いた。過去の事も神器の事も、ひどく遠くの事の様に思えた。自分が泣いている事の理由さえ分からずに、どうでもいいと、心からそう思う。
 ただ、哀しかった。涙を流す事で感情が薄れる事はないけれど、それでも、堪える事は出来なかった。
 しばらくそうしていると、不意に秘所から指を引き抜かれ、足を開かせていた手が離れて髪に絡んだ。何かに戸惑うような、遠慮がちな動きで。
「・・・泣くんじゃねぇよ」
「っや・・・だ、触るな・・・!」
 与えられた気紛れの優しさに、カイは弾かれたように手を振り上げてそれを払い、涙に濡れた顔でソルを睨み付けた。
 透き通る湖面の色の双眸は、濡れてもなお鮮やかに煌いて、ソルを射抜く。
 今更、優しさなど見せるなと、視線で告げる。
「やるならさっさとやればいい、そしてもう二度と私の前に現れるな!」
「・・・」
「好きにすればいいじゃないか、あの頃みたいに・・・!」
 悲痛な声での叫びに、ソルはきつく眉根を寄せて乱暴に腕を掴み、カイを引き起こした。
 突然に抱き寄せられ目を瞠るカイに言葉を紡ぐ間を与えず、ソルは噛み付くような口接けを仕掛ける。
 熱い、唇。カイは荒々しく貧ってくるキスに苦しげに眉を顰めながらも、逃げる事も出来ずに、その炎の如き激しさに酔った。
 性急に舌を絡め、きつく吸い上げ、口腔を蹂躙するソルの強い舌の動きは、カイに眩暈をもたらした。意識が揺らめき体から力が抜けていく。けれどソルはカイを離さずに、角度を変えまた深く唇を合わせてきた。
 カイは抵抗も忘れて、激しい口接けを受け止める。
 息を継ぐことさえ許さない強さは、言葉より雄弁に何かを伝えようとしているようで。
「ふ・・・っん、う」
 ようやく解放されるころには、すっかり息もあがり、涙も止まってしまっていた。
 呆けた顔で見上げれば、ソルは不機嫌を浮かべて涙の痕の残る頬へ舌を寄せ、それを舐め取った。
 何度も頬をなぞるざらりとした感触がくすぐったく肩を竦めると、今度は引き寄せられた乱暴さと同じに唐突に肩を押され、ベッドに組み敷かれる。
 はっとしてソルを見上げれば、ソルはカイの視線には目を細めただけで応えず、大きく足を開きその間に体を割り込ませてきた。
 入り口に熱塊があてがわれたかと思うと、それは一気に媚肉を割って内壁を抉る。
「うあ、あぁ・・・っ!」
 身を貫かれる衝撃に、白い体が鮮魚のように跳ねた。痛みに強張る体に構わず、ソルは内部のきつさに自らも熱い息を吐きながら、逃げを打つ腰を鷲掴んで引き寄せた。
 労りのない強引な行為に、碧い瞳に今度は生理的な涙が滲んだ。慣らされていたせいで傷こそ付かなかったが、痛みが完全に消えるでもない。だが知り尽くされた弱い場所を狙って突き上げられれば、痛みを凌駕した悦楽に体が打ち震える。
 引き攣れた吐息の中にも甘いものが混じり始めたのを感じ、馴染んだ秘部の柔らかな収縮に満足げな色を浮かべながら、ソルは勃ち上がったカイのものに手を添えた。
「坊やは・・・少し乱暴なくらいの方がいいんだったな・・・?」
「ひっ・・・いや、あ・・・!」
 張り詰めたものに指を絡められ、言葉通りに荒く扱かれる。反射的に呑み込んだものを締め付けてしまえば、それはまた強い刺激となってカイの体を震わせた。
 激しい律動に翻弄されながら、カイは薄く笑うソルの、余裕の表情を泣き濡れた瞳に捉えた。
 そう、こうしていつも自分を見下していた。いつまでも行為に慣れる事の出来なかった自分を嘲って、馬鹿にして。
 カイはシーツの上に金糸の髪を乱してソルを睨み付けた。言ってやりたい言葉はたくさんあったはずだけれど、今この時に口をつく言葉は、多くはない。
「大嫌いだっ・・・・・お前、なんか・・・」
「・・・ああ、そうだろうよ」
 毒づく言葉にも、ソルは楽しそうに笑っただけだった。一旦身を引き生々しい水音を立ててまた深く突き入れながら、声をも無くして喘ぐ、カイの逸らされた白い喉元に噛み付く。
 紅く残った痕を丁寧に舐め清めてやって、ソルは開かせた足を抱え上げた。
「その嫌いな男に犯されて悦んでるのはてめえだぜ、坊や・・・おら、イけよ」
 内壁を擦り上げ、最奥に白濁とした欲望を叩き付けると、シーツに押さえつけた体が大きく跳ね、手に包み込んだものも同時に弾けてソルの手を汚した。
 声を上げる事も許されぬままに追い上げられたカイは、ようやく訪れた解放に荒い息を吐いて体を投げ出す。
 ソルは名残りを惜しむような事も無く、無造作に自身を引き抜いた。
 内部を埋めていたものが失われる感覚にカイは身震いするが、その朦朧とした意識の端で、こんな所も変わっていないんだな、とひどく冷静な気持ちで思った。
 行為の後、自分は彼がいなくなってしまうのではないかという不安から、抱き合うとまではいかずとも、肌を感じる距離にいる事を好んでいたが、彼は全く逆だった。甘い余韻すらを嫌うように身を離すのだ。
 それは、子供だった自分にはたまらなく寂しい事だった。昔と変わらない大きな背中を見つめながら、自嘲気味に微笑む。
 薄く汗ばんでいる程度で殆ど乱れてもいない格好のソルは、床に突き刺さったままの封炎剣を手に取り、ベッドに体を投げ出したままのカイへ、振り返る事も無く呟きだけを残した。
「追うならどこまででも追って来い。そうしたらまた抱いてやるよ」
 闇に落ちていく意識の中で聞いたその声は、揶揄の混じった昏いものであったけれど、何故だかひどく哀しいものに聞こえた。
 どうしてそう思ったのかはわからないし、ソルに聞く事もきっとないだろう。聞いた所で、まともな答えが返ってくるとも思えない。
 カイは、鮮明に浮かぶ胸の痛みを、気のせいだ、と言い聞かせ、そのまま意識を手放した。
 ソルがドアの外へと消えていくのを、見ずにすむように。



 目覚めは最悪だった。
 体は重く、心も重い。ソルの姿が消えていた事だけは幸いと言えるだろう。今は顔など絶対に見たくなかった。
 カイはゆっくりと身を起こして、窓の外を覗いた。カーテン越しにも明るさがわかる。既に陽が昇っている時間なのだろう。
 今日はまだ準備期間で試合もない。けだるさに目を細めながら、カイはまずシャワーを浴びようと立ち上がりかけ、ふとサイドテーブルに目をやった。
 視界に入ってきたのは、上着と共に放っておいた一枚の紙だった。カイは何とはなしにそれを手に取って眺めた。参加者用プロフィール、と書かれている。
 そういえば、と大会の開催にあたって、簡単なプロフィールの提出を言い渡されていた事を思い出し、カイは一人苦笑した。犯罪者も暗殺組織の人間も混ざっているというのに、全く呑気なものである。
 改めて目を通してみれば、本当に簡素なプロフィールのようだった。名前に出身、身長体重、何故か誕生日や趣味の記入欄もあった。
 ますます苦笑を深くしながら視線を走らせ、カイは一番最後の質問で目を止めた。
「・・・・・・・・・」
 部屋に、冷たい空気が流れる。
 しばらくの間じっと用紙を見下ろしていたカイは、静かにペンを取り、名前より先にその欄を埋めた。
『嫌いなもの・ソル』
 少しだけ、気が晴れた。






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