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   plaything   ・・・act 7
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今にも降り出しそうな空。
騎士団寮の窓から見える景色にカイは眉を潜め、困ったな――、と呟いた。
今日は大規模な戦闘があるというのに、雨が降っては足場が悪くなり、視界は閉ざされ、軍の統率も乱れがちになる。
そして、そんな些細なことがどれだけの数の命を奪いかねないか、カイは分かり過ぎるほどに分かっていた。
「降らなければいいんだけど…」
厚い雲に遮られた向こうにあるはずの太陽を思い、そしてその名を持つ男を思う。
(ああ、まただ)
こうやって、何気ないことからもいつも彼を思い出す。まるで少女のような自分の発想に人知れず頬を赤らめて、カイは溜め息をついた。
今日の戦闘では、カイはソルとは別部隊になる。先行部隊としてソルを含む第一部隊が出撃し、そしてカイが率いる第二部隊が反対方向からその後を追うのだ。このまま天気が悪くなれば、山間を行く先行部隊は特に苦戦を強いられるだろう。でも。
(ソルが、いてくれるから)
カイは、ソルを信じていた。その力も、彼自身も。
そんなカイの心とは裏腹に、外の天気は更に雨へと近付いたようだった。


(うざってぇ天気だ)
少ない自分の荷物をまとめ、部屋の隅に立てかける。剣を奪ってすぐに旅立てるように。
立てかけた壁にある窓から見える天気に、ソルは低く舌打ちした。
視界が悪くなる雨は、脱出するには好都合だろう。しかし、今までに無く大きな戦闘を指揮するカイの負担になることは間違いない。少なくとも、あの坊やが望まない死人が出るのは避けられないだろう。
「運の悪い坊やだな」
こんな雨の日に出撃させられ、挙句の果てに秘宝まで持ち出されて。カイはどれだけ悔やみ、自らを責めるだろう。
ふと、情事のときに見せる透明な涙が頭の隅をよぎった。
(どうせ、泣かせてばかりだったからな)
最後まで、悪人のままで行けばいい。カイが自分への思いを忘れてしまうほどに。
強くなる風と、それに流されず立ち込める暗雲にカイの行く先を重ね、ソルは自嘲気味に笑いを零した。


「第一部隊、出発!」
凡そ30人ほどの先発部隊がを出発するのが執務室の窓から見える。業務に追われたまま、カイはそれを見送った。天候は一向に良くならず、部隊が向かう先の山は相変わらず黒い雲を飾りつけたままだ。
今すぐに追っていって、引き止めたい。そうじゃなかったら自分も一緒に行きたい。
そう思う気持ちを堪えて、カイは大人しく自分の出撃を待った。
あと数時間後には、きっと無事な顔を見ることができると自分に言い聞かせて、手元にあった封雷剣を握り締める。
(…あの剣を使うことが許されていたなら、こんなに不安にもならないのかもしれない)
カイの持つ封雷剣と対になる、聖騎士団の秘宝、封炎剣。
その存在を囁かれながらもカイですら見たことがないその剣は、その名の通り『炎』を封じた剣だ。
絶大な法力を秘めた『神器』として聖騎士団に保存され、法王の許可なくそれを使用することは許されない。カイが封雷剣を賜った宝物庫の更に奥深くに安置されているという剣を、ソルがもし、賜ったのなら。そんな夢物語を、カイはソルに語ったことがあった。
封雷剣を駆る自分と、封炎剣を操るソル。そうやって二人で戦えるのならばきっとどんな敵でも怖くないだろうと。
情事の後のまどろんだ時間に、珍しくソルがカイの話に耳を傾けてくれたのが印象深く、カイはそのときのことを今でもはっきりと覚えている。

『私が封雷剣を賜ったときに、後ろに扉があって…その中にもう一本の神器が収められているのだそうです』
『神器?』
『封雷剣と対になる、炎を封じた剣だと聞いています。絶大な法力を秘めるが故に、今まで使い手が現れず、安置されているのだと』
『坊やは見たことねえのか?』
『私も、見たことがあるわけじゃないんです…そもそもその存在自体、知らないような騎士が多数なようですから』
『…………』
『でも―――…きっとソルなら、扱えるような気がします』

まるで炎のようなこの人なら、封炎剣にも認められ、軽々と操って見せるのではないかと。そんな色気の無い話をソルが黙って聴いてくれたのが嬉しかった。
少しでも、自分の話に彼が興味を持ってくれたのは初めてのような気がしたから。

『封炎剣は封雷剣と同じく持ち主を選ぶと聞いています。私もこの剣を受け取ったときに剣に語りかけられたような気がしました』
『何てだ?』
『お前はこの力を何に使う、と』
『…で?』
『人類の、希望にと』
『…………』
『それで、後から分かったのですが、それは剣にかけられた封印なのだそうです』
『封印?』
『悪しき者に秘宝を奪われないために、その心構えを問うのだと聞きました』
『…へぇ』

ソルなら、なんと言って剣に答えるのだろう?未だに読むことの出来ない彼の心情を想像し、カイは少しだけ悲しくなった。
自分にはまだまだソルの考えてることなど、想像も出来ない。あの全てを見通すような目を持った男は、封炎剣で何をこの地に齎すのだろう?
陳腐な想像の海に泳いでいると、控えめにドアがノックされた。―――時間だ。
カイはもう一度剣を強く握り締め、戦場へ続くドアへと足を踏み出した。





踏み締めた足下が雨でぬかるみ、埋まっていく。
自由を奪われた足を無理やりに前に向け、カイを含む第二部隊は山道を進んでいた。
雨は強くなる一方で、もはや隣を歩む団員の姿さえ霞むようだ。
やはり、中止するべきだったのか、という考えがカイの頭を過ぎる。しかし間近に迫ったギアの大群に怯える街の人々を思い、カイはもう一度踏み締める足に力を込めた。
「皆さん!この坂を越えれば平地に出ます、そこが目的地です」
水を弾くはずの外套ですら重くのし掛かる雨の中、声を上げて団員の士気を煽る。
「そこまでいけばあとは第一部隊と合流し、奴等を挟み撃ちにすることができます」
激しい雨に紛れて、それでもその声にしっかりと反応する団員たち。
―――これなら、大丈夫。
その反応を心強く思い、カイはまた声を張り上げた。
「行きましょう!」
そして自ら先頭を切って坂を登っていく。あと少し、あと少しで合流できる…。
そう自らを叱咤し、逸る気持ちを押さえて確実に山道を進む。
そして最後の坂を越える直前、嗅ぎ慣れてしまった臭いが、雨に消されることもなく、カイを包んだ。
「………まさか!?」
途端急ぎ足で坂を駈け登るカイを、後続の部隊が慌てて追う。そしてその部隊の目に映ったものは、広い地面に積み上げられたギアの死体の山だった。
そこから漂う独特の体液の臭いが、その風景が現実なのだと、カイに知らしめる。
「どうして…?」
ギアと対峙するのは部隊が合流してからの予定だったはずだ。それ以上にこれだけの数のギアの相手を第一部隊だけで出来るはずがない。そんなことが出来るとしたら、それは…。
「ソル!!」
呆然と立ちすくんだままの団員達を置いて、カイは駆け出した。そして間もなく木陰で雨を凌ぐ見慣れた団員達の姿を見つけ、安堵の溜め息を付いた。
「カイ様!」
カイより位の低い騎士が、それを見つけて敬礼のポーズをとった。他の騎士もそれに習いカイの側にやってくる。怪我人もいるようだが、動けないほどの重傷者はいないようだった。
「…皆さん、無事で何よりです」
「カイ様こそ、ご無事でしたか」
「私たちは、ギアと遭遇していませんから…」
そこでカイはもう一度回りを見渡し、探している相手がそこにいないのを確認してから話を続けた。
「それより、なぜこんなことになっているのです?それに…ソルの姿が見えないようですが」
そう、こんな数のギアを倒せるとしたら、それはソル以外に考えられない。なのにこの場にその姿が見当たらないことにカイは動揺していた。
「ソルは…あれだけのギアをほとんど一人で相手をして…」
告げられた言葉にカイは自分の予想が当たっていたことを知った。
「そして、我々が怪我人の介抱をしている間にどこかへ行ってしまったようなのです」
「…わかりました」
ソルが何を考えてそんな無茶をしたのか、カイには全く見当も付かなかった。ただ、結果としてこの雨の中、これだけの数のギアを相手にして誰一人として命を落とすことがなかったのは間違いなくソルのおかげだった。
「では、残っているギアもいないようですし、早めに下山して下さい。ここにいては怪我の回復も侭ならないですし」
「カイ様は?」
「…私は、少しソルを探してから行こうと思います。彼も怪我をしているかもしれませんから」
ソルは以前にも、怪我を他人に見せることを嫌がり別行動を取ることがあった。理由は分からないが、今回もそうして別の場所にいるのかもしれない。
「了解しました、お気をつけて」
そう言って、早速下山の支度に取り掛かる団員達を横目に、カイは反対側の森へと駆け出した。
「ソル!いないんですか?」
平地にいるよりは緩やかに降り注ぐ雨の中、カイはソルを探し続けた。
しかし、かなりの範囲を探し回ってもソルは見つけられず、カイは疲れきって木の根元に座り込んだ。
雨も既に止み、差し込んだ太陽がカイの外套をゆっくりと乾かしていく。
「…先に、降りてしまったのかな」
自分だけだったのだ、きっと。別々に行動することが不安で、少しでも早く相手の顔を見たいと思っていたなんて。
戦場に生きるものとも思いがたい甘ったれた考えに、カイは一人唇を噛んだ。そして、その痛みで目を覚ましたように立ち上がり、今度は下りの方向に足を向ける。
天気の良い間に下山してしまわなくては。
きっと、ソルも騎士団に戻ればいつものように煙草でも吹かして部屋にいるのだろうと。自分の想像に苦笑しながら、カイは騎士団への道を戻り始めた。






カイの予想は外れていた。
行きとは逆に、痛いほどに照り付ける日差しに眉を潜めながら騎士団に戻ったカイを、数人の騎士が迎える。その切羽詰った様子にただ事ではない雰囲気を感じて、カイは声をかけた。
「どうしたのですか?」
「ここでは、少し…」
焦っている様子なのに口篭ったままの騎士たちを不審に思いはしたが、その騎士たちが導くままにカイは騎士団内に足を向けた。
向かう先は、一部の団員しか立ち入りを許されていない地区。…そういえば、今自分を案内している騎士たちはその権利を持つ、数少ない騎士だった筈だ。
「一体何があったのです!?」
黙ったまま先へと進む騎士たちに焦れて、カイが言葉を荒くする。しかし、変わらずに先を急ぐ騎士は理由を話そうとはしなかった。
「…既にクリフ様が向かわれております、詳しくはご覧になってくだされば」
見れば分かる、という言葉、そして騎士団長であるクリフの名前。
多忙なはずのクリフまでもが出てくるような事件…?
嫌な予感、などといった生易しいものではない。カイはまるで心が黒い影に包み込まれるような気分に襲われつつも、駆け足で先に進んだ。
もうここからは一本道だ。過去に一度だけだがカイはこの道を通ったことがあり、それを知っていた。
人気のない廊下を駆け抜け、目的の部屋へと辿り着く。
―――そこは、カイが知っている部屋とほとんど変わっていなかった。唯一違ったのは、カイも足を踏みいれたことのない奥の扉が開かれ、その奥まで見渡せるようになっていたことだけで。
そして、カイは鮮明な記憶を甦らせた。
…かつて、ここで封雷剣を拝領し、剣の封印を解いたこと。

―――そして、私はその話を…。

部屋へ辿り着いたときとは対照的に、カイはゆっくりと奥へと足を踏みいれた。
まず小柄な老人の背を視界がかすめ、更に奥の祭壇を見上げる。
それは封雷剣が封じてあった祭壇と同じ物のようだった。しかし、そこに封じられるべき物は存在しない。目に映ったものをそれでも信じられず、カイはしばらくその場に立ち尽くした。
現実から逃げ出したい心と裏腹に、冷静に分析を始める自分がいる。
存在すら知る人間が限定されるこの秘宝を、持ち出すことができるのは誰なのか。厳重に施された封印を解く方法を知っていたのは誰なのか。―――そして、それを彼に教えたのは紛れもなく自分で…。
「…ソル」
気付いてしまった。
全て、この時のためだったのだと。
今回の出撃についての会議に珍しく真面目だったのも、あの戦場からすぐに姿を消したのも。
…そして、封印の秘密を簡単に話すような子供の相手をしていた理由さえ。
騙されていたのだ、などと思うことも出来なかった。自分のことを哀れむこともできず、持て余した感情が向かう先は一つだった。
「絶対に…許さない」


・・・しかし、心のどこかではあの時の自分を消せないままで。
『でも、きっとソルなら、扱えるような気がします』

カイの望みは、最悪の形で叶えられた。




未に手に馴染まない剣を、布に包んだまま二、三回降り下ろす。
その風圧に負けて、薄汚れた布が滑り落ち、剣のフォルムが明らかになった。
一見すると剣とも思いがたい、直線的すぎるフォルム。しかし、そこに秘められた法力は絶大なもので、男はそれを軽がると扱っているように見えたが、実際は他の人間が触れても制御など出来るものではなかった。
何度か持ち手を握り直しながら、男はその剣に施されていた封印を思いだす。

『お前はこの力を何に使う』

教えられた通りに答えるのは簡単なことだった。しかし、それよりも男には望むことがあった。

「自由を」

この呪われた運命から、そしてその存在に縛られたこの世界を。
…縛られていることさえ気付けない、哀れなあの子供を。
「全て、終わらせるさ」
真摯なその呟きは、誰に届く事なく消えていった。





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