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   観用少女〜Eternal Date 〜    ACT.2.5
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静まりかえった空気の中を、甘いミルクの匂いが満たしていく。
その匂いに誘われてカイが身動きすると、それに気付いて黒い影が振り向いた。
「起きたか」
朝焼けの逆光に遮られ顔を見ることはできないが、その声を聞きまちがえるはずもない。カイはその声にゆっくりと顔をあげた。
「…おはようございます」
急ごしらえの薪のかまどで暖められ、漂うミルクの匂いは嗅ぎ慣れたプランツ専用のミルクの匂いだ。
正確な単価などは分からないが、決して安いものではないということぐらいは、カイにも分かる。
そして、この旅の最中にもソルがこの新鮮なミルクを切らしたことがないことも。
ミルクだけではない、同様に砂糖菓子も、清潔な服も町にいた頃と変わらずにカイに与えられ続けている。
カイが売られていた店の店主の特技、空間転移を使ってここまで届けられているであろうことは想像が付いたが、それに一体どれだけの金額が使われているのかは全く想像つかなかった。
ただ分かるのは、あんな事情で返品された人形の自分にそれ程の価値はないだろう、ということだけ。
暖められたカップを手渡され、その甘い匂いに包まれても心は晴れず、カイはただ受け取ったカップを握り締めたまま黙り込んだ。
「…なんだ、熱かったか?」
その様子に気付き、ソルがカップを取り上げ、新しいミルクを継ぎ足す。
幾分温くなったカップを握らされ、食事を促されるが、カイはそれに口を付けようとしなかった。
「…おい?」
訝しげに顔を覗き込んできたソルと目が合い、カイはその目を逸らせずに頬を赤らめた。
―――この人の役に立ちたいと、思う。
せめて役には立たないまでも、迷惑になりたくないのに。しかし今の自分の存在は迷惑以外の何物でもないだろう。そう思うと、渡されたカップがこんなにも重く感じる。
暗い考えが表情に出たのか、ソルがその顔を大きな手で包み込む。赤らんだ頬が余計に赤く染まるのを自覚して、カイは居たたまれない気分になった。
「熱とか、出るものなのか?」
ソルの手が触れた部分から身体が熱を持っていくのがわかる。その感覚に怯えてカイは身を捩らせた。
昨日と同じような反応に気付き、ソルが手を引くとその腕にひとつ、涙の雫が落ちた。
「………っ」
カイの涙は宝石にはならずに、頬を伝って滑り落ちていく。暫くそれを黙って見つめていたソルだが、不意にカップをカイの手から取り上げると、身体ごとカイを腕の中に抱き込んだ。
温かい腕に包まれて、軽く髪を撫でられるともう泣き声を押さえることも出来ず、カイはソルの胸にしがみついてただひたすらに涙を流した。
「…あなたの、邪魔をしたいわけじゃないのに」
「…………」
「ただ、一緒について行きたいだけなのに…」
『観用少女』なんて、何の役にも立たない。
それどころか、余計な手ばかり煩わせて、相手に負担をかけて。
カイの言わんとすることを理解したのか、ソルは更に強くカイを抱きしめた。まるで花の茎のように容易く手折れてしまいそうな身体を抱きすくめ、柔らかな髪を幾度も撫でる。
その感覚に酔いしれ、ただ慈しまれることだけに反応する自分の身体は、所詮人形なのだと余計にカイが胸を詰まらせるのも知らずに。


いつまで、そうしていただろうか。
すっかり冷め切ったコーヒーとミルク、そして消えてしまった薪を横目に、カイは自己嫌悪で俯いたままだった。
何も出来ない自分を責めて、結局ソルに甘えて。少しでも考え込むと、また涙が出そうだった。
「カイ」
不意にソルから、小さな荷物が渡された。片手でも難なく持てるようなサイズの麻袋の中身には、つい先ほどまで使っていた二人分のカップと、使い残しのインスタントコーヒーの素。
「今度から飲み物の準備はお前に任せるから、それを持って歩け」
言われた意味が一瞬理解できず、呆然と手の中の荷物を見つめていたカイだが、その意味を理解した瞬間その表情を輝かせた。
「そうやって、少しづつやれることを増やしてもらうさ」
道中に必要なものは、剣の腕だけではない。食事を取らなければ人は生きていけないし、休息だって必要だ。
「戦い方を教えてやるって言ったよな」
剣を持つこと、敵を倒すこと以外の「戦い」を、少しづつ教えていくのも悪くない。
世間知らずな『人形』が、『人』として生きていくために。
与えられた荷物を嬉しそうに抱きしめ、満面の笑みを見せるカイを片目に、ソルはそんなことを考えている自分に気付き、気付かれないように苦笑した。







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