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   観用少女〜Eternal Date 〜    ACT.2
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視界を染める、赤。そう遠くない惨劇の記憶に、無意識の内に足が竦む。
それでも逃げ出す事はせずに、カイは剣を振り次々と敵を屠っていくソルの姿を見つめた。戦いが始まった時には、盗賊の数は三十をゆうに越えていたが、半数以上があっという間に地に伏せてしまった。
数による優位を確信していた盗賊たちが、ソルの異常な強さの前に不利を悟り、俄かにざわめきだす。逃げ出す者はいないが、無闇に突っ込んでいく者もいなくなった。
ソルの動向に注意し、円で囲むようにして四方八方から追い詰める。
ふと盗賊の一人が、木の影に隠れるようにして立っていたカイを見咎めて声をあげた。
「おい、連れがいる!」
「女か?どっちでもいい、捕まえろ!」
フードを深く被ってはいても、陽光を反射する金髪やその線の細い美貌は隠すべくもない。ほっそりとした体躯に旅慣れない服装を見やって、戦闘能力のないものと判断した盗賊の何人かが、カイに向かった。
斧や槍や、それぞれに武器を握って向かってくる盗賊の姿を視界に捉えながらも、カイはその場から動かなかった。
『ここから動くんじゃねえぞ』
そう言いつけたのはソルだ。言いつけを守らない訳にはいかない。
恐怖はなかった。盗賊の手に捕らえられるという可能性など、考えもしなかった。カイは翡翠の瞳を閉じもせず、ただじっとそこに佇む。
下卑た笑みを浮かべ駆けて来た盗賊は、けれどカイの足元にすら辿り着く事はなかった。
笑みの表情が一瞬にして固まり、血飛沫が上がる。断末魔の悲鳴をあげる間すら与えずに、ソルは盗賊の心臓を貫いた。引き抜いた刃をもう一人の首に叩きつけ、頭を飛ばす。
あれだけの人数を相手に息も切らさず、返り血に汚れる事さえなくカイの目の前に現れたソルは、素っ気無く片手をカイに差し出した。
「来い」
ほんの一言だった。たったそれだけで、呪縛が解けたようにカイは足を踏み出し、ソルの手に自らのそれを重ねる。満足げに笑ったソルは、するりと細い腰に腕を絡み付けると、片手でカイを抱き上げた。ふわり、と体が宙に浮く。
「目ェ閉じて、しっかり掴まってろ」
低い声でそう告げて、ソルは再び戦いの輪の中に入った。片手が塞がっているなら、と盗賊たちがまとめて群がってきたが、まるで意味もない。ソルの一撃は数人の剣を飛ばし命を奪い、陣形もあっという間に崩れていった。
言われるままソルの首にしがみ付いたカイは、それでも目を閉じる事はしなかった。
ソルの太刀筋を、盗賊たちが次々と地に伏せていく光景を、逃げる事無く全て瞳に焼き付ける。
戦いの決着は、それから間も無くだった。


「怪我はねえな」
細い腕を取り、袖を捲り上げて白い肌を晒しながら、ソルは確認も含めてそう尋ねる。
カイは唇をきつく引き結んだまま、小さく頷いて答えた。声で応じないカイの反応に、ソルは眉を顰めながら、もう片腕を取り同じように袖を捲り上げて傷を確かめた。雪白の肌は綺麗なだけで傷一つ無かったが、掴んだ腕はそのままに、ソルはカイの顔を覗き込んだ。
「おい」
「…」
呼びかけにも、返事はない。碧玉の瞳を伏せ、ソルから視線を逃がしながら、カイは頑なに口を閉ざした。
全く頑固な奴だ、とソルは不機嫌に舌打ちして、掴んだ腕を軽く引いて顔を近付けた。唐突な行為にカイも驚き、目を瞬かせる。ソルはさらに深くその瞳を覗いた。
「喋れるんだろうが。言いたい事があるなら、ちゃんと口で言え」
責める口振りだった。苛立った声にカイはびくりと細い肩を揺らし、しばらく間を置いてから躊躇いがちに口を開いた。
「ソル、私にも、剣を教えて下さい」
「あぁ?」
これもいきなりな申し出だった。真剣な表情で、碧いの双眸に強い決意の光を浮かべて、カイは真っ直ぐにソルを見上げる。
「いつも守られてばかりで…これでは、足手まといです。ソルみたいには強くなれないかもしれないけど、せめて自分の身は自分で守りたい」
懸命に言い募るカイに、ソルはぐしゃぐしゃと髪をかきまぜながら面倒そうに問い掛けた。
「俺に守られてるんじゃ不安かよ?」
「そんな事は…そうじゃ、なくて」
「やめとけ。てめえに剣は向かねえよ」
ソルの言い様はにべもない。はっきりと言い切られて、カイはぐっと声を詰まらせた。
確かに自分に剣術が向いているとは、カイ自身も思ってはいない。意志を持ち、言葉を話し、限りなく人間には近くとも、所詮自分は愛玩用に作られた人形でしかないのだ。
しかし、だからこそソルの足手まといにはなりたくなかった。ソルの傍にいるためには、愛玩用の人形ではなく、戦う力を持つ事が必要だ。このしばらくの旅の中で、カイはそんなことを思うようになっていた。
諦める訳にはいかないと、カイはなおもソルを睨むような強さで見つめる。至高の宝石よりなお美しい翡翠の輝きに、ソルは眩しそうに目を眇め、そしてふと、掴んだままだった腕に力を込めた。
「え…痛っ」
細い腕を締め上げると、途端に高い悲鳴が漏れる。カイは反射的にソルの腕を払おうとしたが、手首を掴んだ腕はびくりともしない。
ソルは腕に力を込めたままカイの体を引き寄せて囁いた。
「振りほどいてみな。そうしたら、剣でも何でも教えてやるよ」
「っ…」
からかうような響きの声にカイはさっと顔を赤らめ、思い切り体を捩った。しかしそれでも痛むのは手首ばかりで、ソルの手は外れるどころか、まるで力を入れている様子すらなかった。
必死になっている自分に比べてのソルの平静な表情に、カイは居た堪れなくなって目を伏せた。振りほどく事も、抵抗すら満足に出来ないような自分では、確かに剣を持ったとしても役に立てるとは思えない。
カイは観念したとばかりに体から力を抜いた。
「…離して、下さい…」
消え入りそうな声で懇願する。ソルはあっさりと力を抜き、外した手でもってカイの、表情を隠す長めの前髪をかきあげてやった。悔しさからか、うっすらと涙の浮かんだ双眸が露になる。
ソルはそのまま優しく頭を撫でてやりながら、溜め息交じりに声をかけた。
「顔、あげろ」
「…」
「俺を見ろ、カイ」
傲慢な命令だった。命ぜられれば逆らう事も出来ずに、カイはゆっくりと顔をあげる。
鮮やかな炎の紅蓮に燃える双眸が、カイを射竦めた。視線の強さに思わずカイは体を震わせ後退ろうとしたが、ソルはそれを許さずに引き寄せて華奢な体を抱き締めた。
抗う間も無く胸に収められ、カイは戸惑いの表情をソルに向ける。碧い瞳にうっすらと涙が滲んでいるのを見て、ソルは呆れたように溜め息を吐いた。
必死に食い下がってくるのも自分のためなのだと思えば、叱りつける事も出来ない。
どうにも自分はこの泣き顔に弱いようだ、とソルは自嘲気味に目を細める。
「ソル…?」
「戦いに拘る必要はないって言ってんだよ」
ソルは出来るだけ落ち着いた声音で諭すように囁いた。不意に落ちた優しい声に、カイは目を瞠って瞬きしつつ、間近からソルを見つめた。焼けるような視線の強さに変わりはないけれど、その表情に怒りや苛立ちは見て取れない。
柔らかな金糸の髪をくしゃりとかきまぜながら、ソルは言葉を重ねる。
「戦い以外に出来る事だって、いくらでもあんだろ。それはこれから探しゃいい」
短い旅じゃねえんだ、とソルは何でもない事のように言い、涙の滲んだ目元を指先でそっと拭ってやった。涙全てが宝石となる訳ではないようで、掬い取った僅かな雫は、暖かなままソルの指を濡らした。
ソルがそれを何気なく口元に運び、ぺろりと舐め取ると、そこでようやくカイははっと我に返って真っ赤になった。
「ソ、ソルっ…」
「あぁ?」
指先からとはいえ、自分の涙を舐め取られる行為にカイは何となく恥ずかしくなってソルの腕を取るが、ソルは何の感想も抱いた風はなく平然としている。一人で声を荒げた事がまた恥ずかしく、カイはソルの腕を掴んだままさらに赤くなって俯いた。
するとふと、その腕に視線を落としたソルが眉を顰めた。
袖もまくられたままの腕には、先程ソルが掴んだ痕が残っていた。白い肌に赤く残る痕は痛々しく、ソルは今度は労るように優しくその腕に触れた。
「赤くなっちまったな」
っとにヤワだな、と呆れた響きを隠しもせずに呟いて、ソルは軽く腕を引き寄せると赤く染まった痕に何気なく唇を寄せた。
ソルの意図を悟ってカイは慌てて身を捩ったが、それも遅かった。ざらついた舌が、つ、と肌を辿る。丁寧に、痕を清めるようにゆっくりと、独特の温度のものが濡れた感触を持って赤い痣に這わされていった。
ぞくりとしたものが背筋を駆け上がる感覚に、カイは息を詰めてその光景から目を逸らした。
「っ…」
「…へえ」
特に意識もせずに痕を辿っていたソルは、その詰めた吐息に顔をあげ、逸らされた横顔と耳とが真っ赤に染まっているのを見て、感心するような声を漏らした。
すい、と指先を腕に滑らせると、細い体は大きく震える。その反応からは明らかに快楽が見て取れた。眉根を寄せて未知の感覚に耐えているらしいカイに、ソルは単純な興味から尋ねてみる。
「感じるのか」
「わ…わかりません、そんなの…」
質問にカイは緩く頭を振るだけだった。恥じらいというよりは戸惑いのその口調に、ソルは意地悪く笑い、軽く耳朶に噛み付きながら質問を重ねた。
「気持ちイイんだろ?」
「ひぁ…っ」
耳元で囁かれ、そのまま首筋まで唇を滑らされて、今度は色付いた声が漏れた。
甘く艶めいた吐息を零し、それを抑える事も出来ないカイの初々しい反応に、ソルはさらに悪戯を続けた。逃げを打つ体を少々強引に抱きすくめ、首筋から襟を開いて、浮き出ている鎖骨にわざと音を立てて吸い付く。白い肌に鮮やかな赤が散った。
傷一つ無い、透き通る肌に浮かぶ紅の華は、ひどく官能的だ。もう一つ、とソルが再び顔を伏せると、カイは上擦った声で抵抗した。
「や、やだ…ソルっ」
非力な体を必死で身動ぎさせながらカイが零した声は、震えていた。声だけではない、ソルの服を引く手も小刻みに震え、その表情は快楽に美しく蕩けていたけれど、カイが初めて与えられる感覚に本気で怯えている事がわかる。
やりすぎたか、とソルは軽い溜め息と共に顔をあげ、また胸に抱きこみながら頭を撫でてやった。その所作に安心したのか、カイは震えの止まった体をそっとソルに寄り添わせる。
子供のように抱きつきながら、しばらくしてカイはぽつりと呟いた。
「…ごめんなさい」
小さな、まだ僅かに何かに怯えているような、そんな声だった。不安げな呟きにソルは頭を撫でてやることで応じる。カイはその手の優しさに目を伏せていたが、やがてそれを振り払うようにして顔をあげた。
翡翠の双眸を揺らめかせて、カイは必死の表情でソルを見つめる。
「でも…あの、ソルが…何か、したい……なら」
「ばぁか」
カイの言わんとした事を悟って、ソルは素っ気無くそれを遮った。彼が謝る事でもなければ、無理をさせるつもりもない。少々自分の悪戯が過ぎたというだけの事だ。
驚いたような顔をしたカイに、ソルは脇に放ってあった外套を引き寄せ、それで体を包み込むようにしてやりながら、苦笑いの表情で呟く。
「怯えてるガキをどうこうする趣味はねえ。さっさと寝ろ」
「……」
「…置いてったりしねえよ。ちゃんと抱いててやる」
何かを訴えかけるようにじっと見上げてきた碧の瞳に負けて、ソルが溜め息混じりにそう言うと、ようやくカイは安心したらしく、にっこりと極上の笑顔を見せた。
その笑顔にソルが息を呑むのと同時に、カイはすっと目を閉じて急速に眠りに落ちていった。
何の警戒心もなく、規則正しい寝息を立てて眠る、腕の中の純粋培養の『少女』に、ソルは特大の溜め息を吐いた。
「調子狂うぜ…」
それでも何故か嫌な気はせずに、ソルもまた、抱き込んだ温もりに安らぎながら、ゆっくりと目を閉じた。






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