■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ 
   lose control 1
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ 
 





―――それは常に、自覚のあるなしに関わらず、自分を蝕んでいる。


 窓から差し込む月明かりが、男のシルエットを神秘的に映し出す。
 月光を背に受けるソルには、普段の荒々しさやある種の狂暴さは微塵も感じられない。紅い双眸が、闇の中に宝石のような輝きを見せた。
 血に飢えた獣のようだ。麻痺しかけた頭でそんな事を考える。
 知らず、ごくり、と息を呑むと、男の口元が笑みの形に歪んだ。細められて自分に向く双眸にはまるで強い呪縛でもかけられているかのようで、体が動かない。
 ソルが窓際を離れ、ゆっくりと歩み寄ってきた。途端に、焦燥に似た感情が、胸に湧き起こる。
 神経を刺激する熱さに、カイはハッと身を強張らせた。
 炎。触れれば呑み込まれてしまう、業火。わかっているのに目が逸らせない。
 すぐ目前まで来たソルから、カイは反射的に身を引いた。けれど背後はすぐに壁で、数歩ももたずに、壁に追い詰められる形になる。
 紅い瞳が、間近からカイを覗き込んだ。
「どうした、坊や・・・怯えてんのか?」 からかうような響きの声に、キッと顔を上げる。反論の言葉は出ない。
 怯えや恐れかと言えば違うだろうが、自分を支配する感情は、それらにひどく近いものだとは、カイは自覚していた。
 言葉の代わりにと青緑の瞳できつくソルを睨みつけるが、彼はそれすらも楽しむように、更に体を近付けた。
 その大きな手が、カイの腕に伸びた。身を逸らそうにも逃げ場はなく、二の腕を掴まれて体を壁に固定される。
 触れられた箇所が、焼けるように、熱い。
 その熱が全身へ広がっていくような感覚を覚えて、カイは頭を振り、ソルを見上げた。透明な瞳は僅かに潤んでいる。
「私に、触るなっ・・・!」
「・・・ふん。自分で、気付いてねェのかよ」
 鋭い声は、けれど切羽詰った響きがある。必死で捕らわれた腕を振り払おうとするカイを、ソルは低く呟きながら容易く引き寄せて腕の中へ収めた。
 白い頬に朱が散った。端正な顔が悔しさに歪む。
 剣技でこそ、決して引けは取らないと思っているカイだが、純粋な力だけはどうにもならない。抗おうとするものの、力強い腕はびくりともしなかった。
 ソルは腕から手を放すと、そのままカイの頤を捕らえ、自分へと正面から向き合わせた。
 殺気さえ孕んだ視線。ソルが満足げに笑う。
 ぞくり、とカイの背筋を冷たいものが駆け下りていった。反して熱を帯びていく体。その正体を理解する事も出来ず、カイは目を伏せる。
「ソル・・・手を、離せ・・・」
 努めて冷静な声を出そうとするが、それはひび割れ掠れていた。
 ともすれば震えそうになる体を必死で奮い立たせながらの、懇願にも似たカイの言葉を、しかしソルは受け入れる事はなかった。腰を引き寄せる腕と顎を捉える手に力が篭った。
 顔が近付く。感じた吐息からは、苦い煙草の匂いがした。
「目、閉じろ」
「・・・・」
 威圧的な言葉だった。だが、カイは既に、それに逆らう術を持たなかった。
 何をされるのか、はっきりと理解しつつも、言われるままに目を閉じる。緊張のためか乾いた唇に、柔かいものが触れた。

 ソルの唇だ。そう自覚して、カイの頬が鮮やかに赤らんだ。その間にも、口接けは儀式のように施されていく。
 最初は啄むように軽く―――そしてやがて、貪るように激しく。
 口腔を強く熱い舌で蹂躙されて、行為に慣れていないカイは、切れ切れに切なげな吐息を漏らした。意識の蕩けた、官能的な声だった。
「ふ・・・っ、は」
「くく・・・素直になってきたじゃねぇか」
「っ! ソル・・・!」
 実に愉しげな声にカイは狼狽した声を出すが、それも、腰に回された手の動きに封じられた。ごつごつとした大きな手が、明確な意思を持って這いずる。
 着衣の上から触れられただけでも、それは確かな快楽となってカイを苛んだ。堪らなくなって息を呑み唇を噛み締めるカイに、ソルは耳朶に唇を寄せながら囁く。
「認めろよ。もうわかってんだろうが」
「な・・・に、を」
 溜め息のような甘い息に乗せてカイが言えば、ソルはここまで来てまだ抗うのか、と呆れた様な笑い声を立てた。
 きっちりと着込まれた、聖騎士の衣服の襟をつかむ。些か乱暴に襟を開き、日に焼けていない白い首元を露にしながら、ソルはゆっくりと肌に顔を寄せ、呟いた。
「てめぇは欲情してるんだよ・・・この、俺にな」



 重苦しいだけの上着が、静かな音を立てて床に落ちる。
 けれどそれは、解放感よりも強く不安をかきたてた。身を守るものを無くす事の恐怖。
 カイは緩く頭を振りながら、なおも逃れようと身動ぎするが、ソルはそれを許さなかった。一際力を強めて細い体を壁に押し付ける。
 乱暴な動きに息を詰まらせたカイが喉を逸らせると、ソルは口元を歪ませて笑う。
 露になっている首筋に、そして剥き出しの肩へと、わざと見えるような位置にきつく口接け、紅い徴を刻んだソルは、ちらりと上目遣いにカイを見やった。
 常の鋭さが薄れた、何かにひどく飢えているかのような眼差しだった。普段より赤味が強く見える双眸に、カイは我知らず全身を震わせた。
 侵されると、そう、思う。
 それは決して体ばかりではなく。
『認めろよ』
 囁かれた低い声がさらに精神を蝕んで、カイを困惑と恐れとに陥れた。
 自分が欲情していると―――求めているのだと、そう言ったソルの声。強い誘惑だった。
 そしてそれに抗いきれない何かが、自分の中で首をもたげている。叫び声をあげているのが、わかる。
 しかしそうと自覚したところで、自分の感情すらを持て余すカイには、どうすればいいのかなどわからない。
『知らない・・・こんな感情、私は知らない』
 力強いソルの腕が、ぐい、と腰を引き寄せる。突然の事にバランスを崩した体を抱きとめられたかと思うと、体が浮くような感覚があって、そのまま床に引き倒された。
 倒された背中の冷たさにハッとなるが、ソルはカイに考える隙を与えまいと、体重をかけ動きを封じた上で再び口接けた。
 情欲を煽る目的の口接けは吐息さえ飲み込むほど深いもので、その激しさにカイはきつく目を閉じて耐える。喉元を抑えられているせいで身動きも出来ず、ただ翻弄された。
 舌を絡めとられ、強く吸われて、応える間もなく続く行為に思考が霞む。
「ん、う・・・ゃ」
 時折漏れる声は鼻にかかったようで甘く、その事にカイはかっと頬が熱くなるのを感じた。
 まるで、もっとと強請っているみたいだ。カイは自由になる両手で覆い被さるソルの体を押し退けようとするが、硬い筋肉で覆われた鍛えられた体はビクリともしない。
 せめてもの抵抗にと腕に爪を立てるが、それも赤い筋を残すだけで、ソルを止める事は出来なかった。武骨な手は器用に衣服を脱がしながら、知らず熱を帯びてうっすらと桜色に染まった肌を露にしていく。
 ひやりとした空気に晒されてカイが身震いすると、ふとソルの動きが止まった。
「・・・? な、に・・・」
「―――つまんねぇモンに縛られやがって」
 ひどく苛立った声だった。囁きに近い声にカイは訳もわからず怪訝そうな顔になる。
 ソルはふ、と胸元に顔を伏せて、すぐに上げた。その口元に咥えられた物に、カイは軽く目を剥く。
 しゃらり、と涼やかな音が響いた。不機嫌そうなソルの口元には、衣服の下につけていた金のロザリオがあった。
 絶対的な信仰の証、そして、それはある種の戒めであるとも言えた。
 月光に煌く十字の証に、カイは不安げな顔を向ける。心臓が何かに締め付けられたような痛みをもって鼓動を早めた。
 触れ合う場所からそれを感じているであろうソルは、僅かに口元を緩ませ、笑ったようだった。
「もう必要ねえな」
 硬い金属音を立てて、細い鎖が噛み千切られた。ソルは軽く首を振ってロザリオを放り、カイは床に捨てられたそれをどこかぼやけた視線で見つめた。
 必要ないと、そう呟いたソルの言葉を、何故か自然と受けとめる。その理由さえわからずに。
 カイはソルを見上げた。紅蓮に燃える炎の瞳。
「ソル・・・」
「・・・そんな目で誘うんじゃねえよ。加減できなくなるぜ・・・?」
「え・・・っ、あ!」
 苦笑交じりの呟きを吐いて、ソルが肌に手を這わせる。再びはじまった愛撫にカイは短い声を上げて体を強張らせた。
 大きな手が胸の飾りに触れ、強い刺激を残しながら、今度は体の線にそって滑るように下に降りていく。
 肌が粟立つ感覚に息を詰め、カイはしかし抗う事の出来ない自分を感じた。敏感になった体はもはや自分の意思など及ばずに、熱く高められていくばかりだ。
「や・・・うぁ、・・・・・・ソル・・・っ!」
「ちったあおとなしくしてろ、坊や」
 懇願に似たカイの声にもソルは行為をとめる事はない。必死で押し退けようとする手は両手ともにうるさげにまとめられて、片手で容易く床に縫いとめられてしまった。
 抵抗を抑え込んだソルは、耐え切れずに顔を背けたカイの耳朶に甘く噛み付きながら、欲望の中心へと手を伸ばす。
 カイがさすがにハッとなってソルを見た。
 絡む視線―――煙草の匂い。触れる肌の熱さと、伝わるのは雄の情欲。
 近すぎる距離にカイは悲鳴じみた声を上げた。
「嫌だ・・・っ、触るな・・・!」
「・・・」
「頼む、から・・・・・」
 透明な青緑の瞳から、ついに涙が零れ出す。
 得体の知れない感情と、ソルによってもたらされる快楽の間で、カイはどうしようもない不安にさざめく心を持て余していた。
 不安は怯えとなって、カイに涙を零させている。
 けれどその不安は、ソルへの思いの裏返しからもたらされるものだった。
 ソルはそれを理解しているが、カイ自身はわかっていない。精神の未成熟さ故にソルを受け入れる事にも恐怖を覚え、無意識の内にソルに反応し、先行する体の感覚に、心がついてゆけずにいるのだ。
 幼い子供のように涙を零すカイに、ソルは小さな溜め息をついた。
「泣くような事じゃねえだろうが」
「っ・・・」
 顔を逸らし視線から逃げるカイの顎を捉え、真っ直ぐに向きあわせて、ソルは珠のような涙に唇を寄せる。カイは身を竦めてきつく目を閉じたが、それでも溢れる涙は止め処なく、構わず暖かな雫を舐めとってやった。
 それでも、涙は止まらない。濡れた瞳をゆっくりと開いたカイは、頼りない表情でソルを見つめる。ソルは目を細めて囁いた。
「・・・何も、変わりゃしねえよ」
「嘘だ・・・・」
 カイは弱々しく首を振る。変化は、少なくとも自分にはもう現れていた。今までの自分が壊れていくような感覚。それがカイには堪らなく恐ろしい。
 受け入れて、思いの正体を認めてしまったなら、きっと自分は、自分でなくなってしまう。
 今度は逃げずにきつく見据えてくるカイに、ソルは不意に声をひそめた。
「変わらねえよ、お前は・・・変わったのは、俺の方だ」
「・・・・? ソル・・・・・、うぁ、あ!」
 僅かに表情が曇ったように感じて、カイは訝しげに呼びかけるが、その響きは甘いものへと変わる。ソルの手が言葉を封じるようにカイの欲望に触れたのだ。
 強く、弱く、間断なく与えられる快楽に思考が蕩けた。
「ふ、んんっ・・・・・やぁ・・・」
 脳髄を痺れさせる刺激に、カイはもはや声を抑える事も叶わない。ソルの耳元に熱に浮かされた吐息を漏らした。
 そうしてカイを追い上げながら、ソルは低く呟いた。
「・・・・・お前が変えたんだよ、坊や」
 苦しげで甘い、告白。
 けれどその呟きは、カイへ届く事なく闇に溶けただけだった。

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ 
NEXT→
GO TO TOP→