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   幸せは罪の匂い
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 心と体を満たすのは、幸福。
 ―――決して消えぬ罪に彩られた幸せ。


 寒い、と思って目が覚めた。
 開いた目に映るのは見知らぬ光景だった。薄汚れた天井、ひびも確認が出来る古びた壁。
 灯りは部屋の隅に置かれているランプのみで、それが法力の炎である事は一目で知れた。
 注意深く視線だけを走らせると、部屋にはランプ以外には何もなかった。人のいた形跡どころか僅かな痕跡すらない。
 そして外との接点を探すものの、ドアがひとつあるだけで窓はなかった。周囲を確認しようにも確認しようがない状況のようだ。
 床に投げ出された格好のカイは、ゆっくりと体を動かした。
 頭に鈍い痛み。眩暈に近い感覚にそれでも顔を上げ、身を起こそうと体を捩ると、自由に動かない手に気が付いた。
 後ろ手にきつく縛られているようだった。布は柔らかなものらしく、血が止まるほどでは無いが、指先が冷たくなっているのがわかる。
 カイはひとつ大きな呼吸をして、冷静に己の置かれた状況を考えた。
 外套は剥がれ、剣も見当たらない。部屋は小さなものだが、軽い圧迫感のようなものを感じる。
 おそらくは法力を押さえ込む結界が敷かれているのだろう、意識を集中させても力はまるで集中しなかった。
 これは、誰かに捕らえられたと考えるのが妥当だろう。カイは法力を使う事を諦めて、小さな溜め息を落とした。
 そこまで考え及んだ所で、不意に、脳裏に紅が掠めた。
 鮮やかな赤、それは炎のそれではなく、血を思わせる凄惨な色。潜む残忍さを感じずにはいられない、恐ろしいほどに美しい―――
「あら、目が覚めたみたいね、坊や」
「・・・・・・!」
 頭上から降った艶のある声に、カイは反射的に体を跳ね起こして後退る。
 その視線の先に、とん、と軽い音がして、女が降り立った。
 ドアから入ったのではない、宙に突然現れたのだ。目の前で起こった事とはいえ俄かには信じきれずに、カイは青緑の瞳を大きく見開く。
 女は赤い衣服を身に纏い、特徴的な大きな帽子を被り、その脇にはギターを抱えていた。
 否、ギターは女の手を離れて宙に浮いており、まるで意志のあるかのごとく女に付き従っているように見えた。
 綺麗に切りそろえられた黒髪に縁取られた顔は美しく、不思議と色の安定していない瞳も真紅の紅がひかれた唇も、匂い立つような色気を感じさせる。
 女の姿を視界に捉え、そこでようやくカイは意識を失う直前の事を思い出した。
『炎に魅せられた迅雷。少し遊んでもらうわよ、坊や』
 視界に彼女を捕らえたのは一瞬で、その声も急速に闇に落ちていく意識の中で幻のように聞いただけだ。
 ただ鮮烈に残っているのは、赤というイメージ。自分を支配する赤ではない、全く違う色彩だ。
 血の匂いと血の赤。それは女に相応しい禍々しい色だった。
 未だ女の意図も正体も掴めぬまま、しかしカイは女の中に確かな悪意を感じて身を緊張させる。
 女は不自由な身でそれでも刺すような視線を向けるカイに、わざと高く靴を鳴らしながら近付いた。ゆっくりと、追い詰める動きだった。
「自己紹介がまだだったかしら・・・私はイノ」
 名乗りを上げる声は、甘く淫らな響きを持っていた。
 体の芯を痺れさせるような声であるが、カイには何の感銘も与えなかった。彼女の声が魅惑的であればあるほど、カイは逆に背筋が冷えていくような感触を受ける。
 カイは彼女の動きに合わせて間合いを計り、距離を保とうと体を動かした。
 しかし覚醒直後のせいなのか足に上手く力が入らず、がくりと膝が折れてまた床に蹲るような体勢になった。
 それでもなお鋭く目を細めるカイに、イノはくつくつと喉を鳴らす。
「ふふ・・・そんなに怯えないで? それとも女が怖い、坊や?」
「・・・何者だ」
 あくまで楽しげに、薄く艶やかな微笑みさえ浮かべるイノに、カイは低く問い掛けた。
 常のカイであれば、例えどのような状況に置かれても女性に対してこのような物言いはしない。
 けれど、イノが纏う異常な空気がカイに強い警戒心を抱かせた。戦場に身を置く者の、本能的な感覚である。
 その姿には艶があり、美しいと形容して何ら遜色のない出で立ちだというのに、禍々しいとしか表現の出来ない気配が女を包み込んで、
 それが一層美貌に凄惨な色をもたらしているのかもしれない。
 イノは微笑みに欲情の色をのせて、鮮やかすぎる紅を刷いた唇を舐め湿してカイを見下ろした。
「そうね、私を愉しませてくれたら教えてあげるわ」
「・・・? 何を・・・っ」
 問いかけにカイは眉をひそめ、しかし返そうとした言葉は途中で切れてしまった。
 どうにかして体を起こそうとしていたカイだが、全身にさざめくような感触を受けて、言葉の代わりに熱い息を吐き出した。
 体温が不自然に上昇していくのが自覚できた。自らの意志とは無関係に、無理に熱を呼び覚まされていく感覚は、強い不快感をカイに与える。
 カイはその感覚を他に逃がそうと、きつく唇を噛み締めた。そんなカイを見下ろしていたイノは、蹲る彼の傍らにしゃがみ込み、繊細な指先で顎を捉える。
「効いてきたみたいね。気分はどう?」
「・・・・・・!」
 女のからかう声に、カイは事の次第を理解した。意識を失っている間に薬を盛られていたのだ。薬の正体も、身体の反応を見れば明らかだった。
 先程の『愉しむ』という言葉の意図も悟ったカイは、信じられない、と眉根を寄せたものの、彼女の表情に冗談ではない事を見て取って、尋ねる。
「何故・・・こんな事を」
 既に熱く乱れ始めた呼吸を必死に整えながら、カイは出来る限りの力を目に込めてイノを見上げた。
 腕は相変わらず戒められたままで、薬の効果で自由にならない体は、触れられた手を払うことも出来ないけれど。
 イノはやはり、艶やかに笑うだけだった。鈴を転がすような声が響く。
「そうね、どうしてかしら? 強いて言うなら、あなたみたいな綺麗な坊やを見てると、堪らなく汚したくなるの」
「っ・・・戯言を!」
 細い指先がからかうように顎から首筋のラインを辿り、襟元にかけられる。鋭く一喝したカイだが、
 イノはまるで構いもせずにそのまま手の平を押し当てるようにして、不安定なカイの体を床に倒した。
「じゃあ、大サービス。私を満足させられたら、あなたの王子様のこと、何でも教えてあげる」
「・・・・・・」
 挑発するような声音だった。尋ねずともそのふざけた代名詞の指す人物が誰の事なのかはわかる。カイは静かにイノを睨み付けた。
 ソルと彼女が知己だというのは、カイも知っている。どのような関係なのかまでは知らないが、しかしソルが話そうとしない事を、カイは他人から聞こうとも知ろうとも思わない。
 何より、目の前の女の話を信用する気には、到底なれなかった。
 カイが無言のまま視線だけに力を込めてイノを射抜いていると、イノは楽しそうに声を立てて笑った。
「イイ目をしてるのね・・・強くて、キレイな目」
 うっとりと悦楽に酔った声でイノは呟く。薬を盛られ、身体の自由を奪われた今も、カイの瞳は少しも力を失ってはおらず、なおも純粋な色をたたえて煌いていた。
 決して穢されはしないと、抗う輝き。それが何より、イノを強く興奮させた。赤い唇からちろりと舌が覗き、口元に当てた指を舐める。
「うふふ・・・屈服させるのが楽しみでしょうがないわ。ねえ? 簡単には堕ちないでちょうだいね」


 蹂躙は、ひどく緩慢に進んだ。
 女性特有の細く柔らかな手が、肌の感触を確かめるように、襟を開かれ晒された胸元に這わされる。
 ゆっくりと、追い立てる動き。敏感になった体は、その動き一つ一つに快感を覚えて震えたけれど、カイは唇をきつく噛み締めたまま、声を漏らす事はしなかった。
 漏れる吐息は熱を帯びて乱れ、肌は鮮やかな桜色に紅潮し、それでも瞳の色だけは変わりがない。
 僅かに潤んではいるものの、理性の光を強く宿していて、快楽に溺れる事はなかった。
 カイに圧し掛かって緩やかに攻め立てているイノは、けれど行為の先を焦る事はなく、そんなささやかな抵抗をすら楽しんでいる様だった。
「中々に強情ね」
「・・・・・・」
 からかう声に、カイはすっと顔を逸らす。口を聞いてやるつもりはなかった。彼女の意図は未だ掴めないが、ふざけた戯れに付き合ってやるつもりもない。
 全身に強く弱く広がる快感に抗いながら、カイは反撃の機会を窺っているのだ。
 しかしイノは、その事も充分に承知の上である。つ、と指先で肌を辿って、ふと一点で手を止め、口元を歪ませた。
「・・・あの男の前でなら、もっと可愛い顔で鳴くのかしら」
「っ・・・!」
 鋭く尖った爪先が肌に食い込む。不意に訪れた痛みにカイは眉を潜めて息を詰めた。
 どうやら皮膚を傷付けたらしく、指先が濡れた感触、おそらくは血を肌に擦りつけるような動きを見せた。
 そして痛みは熱さとなり、また違った感覚をもってカイを苛んだ。深く大きくなった呼吸に合わせ、胸が大きく上下する。
「ふぅん・・・乱暴な方が感じるの? そう仕込まれた?」
 血の纏わりついた指先を見せ付けるように舐めて、イノはカイの顔を覗き込むようにして問い掛けた。
 もちろん返事はなく、けれど逸らした顔は先程よりも悦に赤らんでいて、イノを満足させる。
「・・・痕が残ってる」
 呟き、上体を倒して、うっすらと紅い徴の残る首筋に噛み付く。白い体が大きく跳ねた。
「ぅあ・・・っ!」
 頚動脈に近い部分に甘く歯を立てられ、思わず声が漏れた。肌を破るような強さではなかったが、皮膚の薄い部分を刺激されて反射的に身が震える。
 イノは息を吹きかけるようにして囁いた。
「いつも、こんな風に可愛がられてるの? 体中に噛み跡を刻まれて」
「・・・く・・・っ」
「それとも自分から強請るのかしらね・・・可愛い声で、もっと、って・・・?」
 唇を滑らせ、口紅と徴を肌に重ねながら、イノは指先を下へと蠢かす。
 愛撫に反応し始めている欲望に布越しに触れると、白い喉が仰け反って引き攣った悲鳴が噛み締めた唇から零れた。
「ひ・・・あ!」
 直接ではない、もどかしい刺激がさらに熱を煽ってカイを責めた。イノはびくびくと震えるそれをやんわりと撫でさすり、明らかに表情を変えたカイに微笑みかける。
「こんなイイ顔もできるんじゃない・・・可愛いわよ、坊や」
「っ・・・ふ、は・・・離せっ・・・!」
 大きく身を捩じらせて悦楽から逃れようとするカイを、イノはあっさりと片手で押さえつけた。喘ぐ胸に手をついて床に押し付け、もう片手で器用に下履きを剥ぎ、下肢を露にする。
 ひやりとした空気に晒された自身は、先走りの液を滲ませてゆるゆると勃ち上がっていた。張り詰めるほどでは無いが、さらに刺激を求めて震えている光景は、ひどく淫猥だ。
 膝に手をかけて足を開かせたイノは、しかし欲望には触れずに内腿をそっと撫でた。
「は・・・っ、や・・・・・ぁ」
「触って欲しい? ならそう言わなくちゃダメよ」
「・・・・・・っ」
 蕩けた吐息を漏らしたカイは、嬲る言葉に唇を噛んだ。
 身体は少しずつ快楽に慣らされ開かれているけれど、それでもまだ理性が僅かに勝っている。カイは頭を振って意識にかかるもやを振り払い、強く目を閉じた。
 肩が、足が小刻みに震える。恐怖からではなく身体の奥から湧き起こるものを無理に抑えているせいだ。
 さすがにその震えはどうにもならず、不規則な呼気を深い呼吸で整えようとするカイを、イノは残忍な笑みを浮かべて見つめた。
「本当に、強情な坊や。でも薬も回りきった体でどこまで耐えられるかしら?」
 柔らかな内腿からそっと手を動かし、イノは上向いた欲望より更に奥まった秘所へと触れた。
 固く閉じられた蕾に指先を当てられ、カイは目を瞠る。
「なっ・・・うぁ!」
 制止を口にする間も無く、細い指が狭い入り口を割って内部に入り込んだ。
 異物の侵入にカイは身を硬くするが、指は無遠慮に奥まで差し込まれ、中を乱暴に掻き回した。引き攣れる痛みにカイは身動ぎしながら切れ切れの悲鳴を漏らす。
「や、つ・・・ぅ、んっ・・・!」
 自然と身体は逃げをうつが、イノはそれを追い、欲望から零れる白濁を助けにして、更に深く指を呑み込ませた。
 強く締め付けてくる秘部に逆らって指を蠢かしていると、やがてカイの声に変化が現れた。
「っあ・・・・・、は、ぅふ・・・」
 奥まった部分を刺激すると、締め付けがきつくなり、吐き出す息にも甘さが混じる。イノはその部分を爪で引っ掻くように抉った。
 途端に身が跳ね、勃ち上がった自身がビクリと大きく反応した。
「・・・ココがイイの?」
「い、やぁ・・・!」
 尋ねる声に返る言葉も不明瞭だ。瞳に涙を滲ませ白い頬に伝わせながら、蜂蜜色の髪を振って乱れるカイの姿に、イノは行為を続けつつ綺麗に笑う。淫蕩な微笑だった。
 けれど強すぎる快感は、それでもなおカイを陥落させるには至らない。目を閉じたカイは、必死で感覚を外へ逃がそうとしている。
 イノは足を開かせていた片手を伸ばし、絶えず喘ぎ声を漏らす半開きになった唇へ当てた。
「名前を呼びなさい」
「・・・? ぅぐ・・・っ」
 冷然と言い放ったイノは、指を口の中へ入れて開かせた。カイはうっすらと瞳を開いて、訳がわからないと頼りない視線をイノへ向ける。
 唾液に濡れた手を口から外し、欲望へと絡ませ上下に動かしてやりながら、イノは耳朶に噛み付くようにして囁きかけた。
「あの男の名前を呼んで、おねだりして。そうしなくちゃイかせないわよ」
 愛撫を施していた指先が、不意のその動きを止め根元に絡みつき、く、と解放をせき止める。カイは声にならない声を喉の奥で呻かせて、緩やかに身を捩った。
 瞳から新たな雫が零れ、頬を伝って冷たい床に落ちていく。
 すでに限界を迎えている自身は、根元を抑えられてびくびくと苦しげに反応し、カイもまた閉じた目の奥が白く瞬くような感覚を受けて腰を揺らめかせた。
 イノの手から逃れるように腰を動かし、しかし解放はさせてもらえずに表情を歪める。
 半ば混濁とした意識で、カイは切れ切れに声を上げた。
「あ・・・あ、や・・・・・ぅ、も・・・っ・・・!」
「そろそろ限界? なら・・・ほら、可愛い声で鳴いてみせて」
 甘く誘う女の声が、まじないのように耳から鼓膜、そうして脳髄へと染み渡る。意識をも浸蝕していくその音に、薬に神経を侵されたカイは既に抗する手段をもたなかった。
 体はただ貪欲に、快感だけを求めて昂ぶっている。
 女の与える刺激を甘受し、さらに高みへと昇りつめ、まだ足りないと淫猥に指を締め付け奥へと誘って。
 縋るような眼差しをイノへ向け、カイは熱っぽい吐息で懇願した。
「も・・・や、め・・・・・ふ、あぁっ・・・」
「ダメ。・・・自分ばっかり愉しんでないで、私にももっと感じさせて・・・?」
 前を戒めた状態のまま、後ろへ忍ばせた指を動かす。慣れて開かれた秘所は、締め付けるというよりは包み込むように柔らかくイノの手を呑み込み、その動き一つ一つに敏感に反応を示した。
 欲望を追い立てるように手を上下されれば、もはや抗いきる事もできない。高い声で喘いだカイは、求められるまま男の名を口にした。
 自分に快楽を教え込み、地に堕とした、ただ一人の男の名前。
「・・・ル、・・・・・っ・・・ソル・・・!」
 掠れた声が、男の名を呼ぶ。ピシリ、と何かが軋むような音が響いたが、それもすでにカイの耳へは届きもしない。
 イノは一瞬だけカイから視線を外してあらぬ方向へ微笑みかけたが、次の瞬間には何もなかったようにカイを責める手を再開した。
 屹立した自身の裏筋を悪戯になぞり、白濁の滲む先端に軽く爪を立てられ、電流のように背筋を走った快感に身を震わせながら、
 カイは切れ切れになった呼吸の中でうわ言のようにソルの名を呼び続ける。
 一度口にしてしまえば、その名は麻薬のような甘やかな熱をもってカイの全身を支配した。
 男の名がもたらすのは、炎の熱。自分を追い立てる狂暴な熱さ。
「ソル・・・・・ソ、ル・・・っ」
「―――上出来よ、坊や」
 指先が欲望を離れて顎を取り、蕾を侵していた指がぐり、と感じやすい箇所を探り当てて抉る。
 強引に顔を上げさせられたカイはそのまま目を見開いて背を仰け反らせ、一際高い声を漏らして達した。
 吐き出された白濁が内腿を濡らし、床を汚す。荒く息を吐き快楽の余韻に身を任せてぐったりとしているカイを抱き寄せながら、
 イノはゆっくりと片手を宙に浮かせ、何かの印を描くように指先を動かした。
 パシン、と何かがはじけるような音がして、場に圧し掛かっていた重い空気が消える。
 おぼろげな意識の中、カイは彼女が結界を消したのだと悟った。自分を戒めていた圧迫感が消え、身が軽くなっているのが明らかな証拠だ。
 それでも薬の効果が消えた訳ではなく、体は未だ蕩けるような快楽の中にあるけれど。
 未だ意識のはっきりとしないカイを背後から抱き締めるようにして、イノはその首元に手を当てながら先程までとはうって変わった狂暴な声を何もなかった空間へ投げかけた。

「どうだ? てめぇも愉しんだかよ、背徳の炎」
「・・・・っ!」
 低く残忍さを含んだイノの声に、カイははっと伏せていた目を開けた。
 イノが呼びかけた先、結界が消え失せ開いた視界の中には、赤い炎のオーラを纏わせた男が立っている。
 直線的なフォルムを描く不恰好な剣を手にし、額当てで自らを戒める人でなき生き物。
 触れればたちまち焼き尽くされそうな熱を発し、部屋を熱気に包み込む男は、鋭く両目を細めてイノとカイとを見下ろしていた。
 彼の纏う熱さとは対照的な、その冷たい視線に、カイは息を飲んで震える唇を開く。
「・・・ソ・・・っ、あぅ!」
 呼びかけようとした声は、まだ呑み込まされたままだった指を動かされる事で嬌声にとって変わった。
 しかし顎を取られているために顔を逸らす事もできず、カイは快楽に歪めた顔をそのまま表情を凍らせた男へ晒す事となった。
 ソルは冷たく冴えた表情で立ち尽くしたままだ。視線が一瞬だけかち合うが、しかしあまりに強いその眼差しに、カイは耐え切れず目を逸らしてしまう。
 結界の外から、ソルは惨めに快楽に踊らされる自分を見ていたのだ。
 先の開放で力を失っていた自身も再び頭をもだけはじめ、無意識の内に開いた足の間で主張をはじめている。
 浅ましい身体の反応は自分の意志によるものではないけれど、それを薬のせいだと簡単に割り切れるカイではない。
 顔を泣きそうに歪めるカイに、ソルは僅かに眉を顰めた。イノは高らかに声を上げて笑う。
「あっはは! いい反応だな、指突っ込んだだけでこんなに感じてやがる」
「・・・離れろ」
 ソルは低く言い捨てて、無造作に封炎剣を振った。炎が薄暗い部屋を明々と照らし出し、床を舐めてちりちりと肌を灼く。
 威圧のその行動にも、イノは微動だにせずカイから離れる事はない。イノの腕の中のカイは弱い箇所をイノに蹂躙されたまま小刻みに肩を震えさせるだけだった。
 間合いを詰めるソルに、イノは愉悦に細めた目を向ける。
「たいした淫乱じゃねえか、ああ? てめぇが仕込んだんだろ?」
「・・・手を、離せっつってんだよ」
「くく、そそられるぜぇ? イイ顔になってきたな、てめぇもよォ!」
 挑発的な台詞を吐いて、イノはカイの内部へ埋め込んでいた指を媚肉を引っ掻くようにして勢いよく引き抜いた。
 咥え込んだものが引き抜かれる感触にカイは押し殺した嬌声を上げ、体をぶる、と震えさせる。
 ち、と低く舌打ちしたソルに構わず、イノは興味を失ったようにカイを突き放し、その体を床に投げ出したうえで、ふわり、と宙に体を浮かせた。
 カイから離れた彼女へソルは躊躇なく炎弾を放つが、それもイノを傷付ける事はなく、炎は呆気なく彼女の眼前で結界に遮られ空中で四散して消えた。
 忌々しげなソルの舌打ちに、イノは特に構うでもなく宙空ですらりと伸びた足をゆったりと組みかえる。
 カイが放った欲望に濡れた指先を、まざまざと見せ付けるように口元に当てて、下卑た声を張り上げた。
「この坊やが大事かい? だったら楯突くんじゃねぇよ、なりそこないが! 守ってやる力もないくせに!」
「てめえ・・・」
 ねめつけるイノの眼差しに、ソルは殺気を孕んだ視線で応じた。吐き出された声にもイノは怯む事はなく、
 小さな子供のように無邪気に、また子供と言うにはあまりにも陰惨に笑うだけだ。
 イノはソルから視線を外し、床にうずくまるカイにちらりと視線を投げかけて目を細めた。
「今回はイイ声で鳴いた坊やに免じて許してやるよ。自分の無力さに絶望しな!」
 ソルが反論をする間も無く、鋭い叫びと共にゆらり、と女の姿が幻のように揺らいで消える。
 後に残されたソルにはその行方を追う事は出来ず、ただ舌打ちをして彼女の消えた宙空を見やった。
 彼女がいたという痕跡は、その気配すら綺麗に消えて、何も残されてはいない。
 閉ざされた部屋に残されたのは、ソルと、床に蹲ったままのカイだけである。
 ソルは完全にイノの気配が消えたのを確かめてから、カイへと歩み寄った。
「―――坊や」
「・・・触るな!」
 手を伸ばせば触れる、すぐ傍まで寄っての呼びかけに、カイは鋭い声を返す。
 上体を起こしたカイは不自由な体をずるずると後退らせ、壁に体を預けるようにしてソルから顔を逸らし、じっと俯いている。白く細い体は全てを拒絶するように小さく震えていた。
 ソルは動きを止めて、カイを見下ろす。
 カイは射抜く視線を肌に感じながらも、顔を上げる事もしない。伸ばされた腕から身を逃がし、緩く頭を振るばかりだった。
 切なげな声が絞り出されてソルへと届いた。
「触るな・・・私・・・・・私はっ・・・」
「・・・・・・」
 今にも泣き出しそうな声に、ソルは眉を顰める。カイの言わんとした事を悟って、ソルはその傍らに腰を下ろすと、腕を伸ばしてその顎を取った。
 俯く顔をくい、と自分へ向かせ、視線を正面から交わらせて、呟く。
「もう、黙れ」
「っ・・・ソル・・・」
 冴えた声でもって傲慢に命令するソルの言葉に、カイは声を詰まらせて身を竦めた。
 反射的に身を引こうとしたカイだが捕らえたソルの腕はそれを許さず、顎を持ち上げた武骨な指先は唇を割り、舌先に触れて絡めるような動きをみせる。
 まるで口接けを施されているような、官能的な触感。
 淫らに動く指先に煽られつつも、どこか怯えた声音で名を呟くカイを乱暴に引き寄せて、ソルは耳朶に噛み付きながら囁いた。
「何も考えるな。てめぇは俺に溺れてりゃいい」
「・・・・・・ソル」
「―――お前を抱いてるのが誰か、二度と間違えねェように体に教え込んでやるよ」


 ―――幸せなのに。
 彼に抱かれて、彼に溺れて、私は誰より幸せなのに。
 幸せなのに、それが罪のように思えるのは何故だろう。


 業火に灼かれるような熱さがカイを支配する。髪の先から爪の先まで、まるで自身全てが炎と化してしまったかのようだ。
 体を抱えられ、灼熱の楔に奥深くを穿たれて、カイは引き攣れた声を上げて喘いだ。
「ひっ・・・う、んん・・・っ、あ・・・ソル・・・・・っ!」
 先程まで秘所を侵していた指とは比べ物にならない質量のものを埋め込まれ、カイはソルの肩に縋りつきながらその名を呼んだ。
 腕を回し、耳元に顔を寄せて鼓膜に声を流し込む。そこにソルがいる事を確かめようとする、ひどく子供じみた行動だった。
 不安げに呼びかけるカイに、ソルは荒い呼気だけを返し、激しく腰を打ち付けることで応える。
 全身を襲う眩暈がするような愉悦に、碧く透明な瞳から涙が零れた。
「はぁっ・・・! ん、ふ・・・・・ソ、ル・・・」
 律動に身を捩じらせれば、涙の飛沫が散ってソルの肌をも濡らす。戦いに身を置く者とは思えない白く華奢な体を抱え直して、ソルはカイに口接けた。
 猛る欲情のままの、激しい口接け。強引に舌を絡め取られ吸い上げられて、それでもカイは震える舌で自らソルに応えていく。
 官能的な吐息を零すカイに噛み付くようなキスを施したソルは、なおも足りないと突き上げて欲望を叩き付けた。
 大きく体を揺さぶられ最奥を抉られる快楽に喉を逸らせ、体の奥深くで吐き出された白濁に誘われるように、カイもまた一際高い声を上げて達した。
 繋がった部分が濡れた淫猥な音を立て、閉じられた空間に響く。しかしそれも、聴覚を侵し互いを昂ぶらせる材料にしかならなかった。
 半ば意識も朦朧とさせながらも、カイは咥え込んだ熱を離そうとはせず、自ら強請るように体を揺らめかせてソルを締め上げる。
 硬さを失ってはいないソルの欲望は、誘うカイの動きに煽られて再び質量を増した。
 ソルは薄く微笑むと、抱え上げていた体を床に引き倒した。繋がったままの動きにカイは呻いたが、次の瞬間には快楽に蕩けた艶やかな表情でソルを見上げた。
「も・・・っと・・・」
 掠れた声で懇願する。ほんの一言であったが、それで充分だった。
 ソルは特に理由を尋ねるでもなく、足を抱え上げ、誘われるまま最奥を抉る。腕に絡んだ手が爪を立て、細く白く筋を引いた。
「ふあ・・・あ! ソ・・・ソルっ・・・・・あ、んっ!」
「・・・そう、急かすんじゃねぇよ」
 身を犯すものを引き絞り、なおも奥へと誘い込むカイの無意識の内の行動に、ソルは楽しげに呟いた。突き上げる動きに合わせて上体を倒し、涙の浮かぶ眦を舐め上げてやる。
 涙は、ひどく甘かった。
 情欲に塗れた行為の中の優しい所作に、カイは虚を突かれたような、幼げな色をその表情に浮かばせてソルを見る。
 何故そんな事をするのかと、問い掛ける眼差しだった。自分が欲しいものは身を焼き尽くす熱で、そんな優しさなどではないのだと。
 ソルはただ苦笑しただけだった。問いに応えてやる事はせずに、耳朶に噛み付いて、壊れちまえよ、と囁く。
「好きなだけくれてやる」
 下らない事を考えるなと、攻める動きを再開しての口調は変わらずに乱暴で、吐き捨てるような響きだった。
 けれどそれはやはり彼なりの優しさのように思えて、カイは喘ぎながらも快楽からではない涙を零す。
 涙は透明で美しかったけれど、行為にはひどく不釣合いで、ソルはひとつ舌打ちをして乱暴にそれを拭ってやった。
 そのまま額に張り付いた前髪をかきあげ、赤い双眸で真っ直ぐに青年を射抜いて低い呟きを零す。
「狂っちまえ・・・罪の匂いも忘れるくらいにな」
 カイは、涙と快楽に歪んだ顔で、何かを言いかけるように唇を動かした。
 しかしそれは、音にはならずに甘やかな声の内に消えていく。
 男の言葉通りの、壊れるほどの、狂いそうなほどの激しい行為に自ら溺れていきながら、カイは僅かに微笑んだようだった。
 ―――男の腕に抱かれる。確かな幸せの中に燻る、罪の匂いは忘れられずに。



■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ 
 タイトルはエヴァから。このタイトル実はずっと使いたくて。歌詞も切ない愛を歌ったもので、すごく好きです。一部だけ紹介。
 『こぼれる罪の匂い どうして何も傷つけずに愛を守れないの あふれる嘘のかけら この腕に抱いた幸せには 誰かの涙しみてる』
 どうしようもない哀しみのようなものが感じられて、いいですよね・・・

 真面目に語った後にアレですが、イノカイです。おそらく世界でここでしか読めないそして見れないカップリングでしょう(笑)娘さんに攻められるカイもいいよね、という話から鬼畜イノ萌え! と話が流れてこんな事に。
 言い訳のようですが私も咲さんもイノ大好きです本当に! のわりに偽者くさくてごめんなさい・・・
 そして結局はソルカイに落ち着く私だった・・・すみません、自分からもっと、って誘うカイとかラストのソルの言葉に泣くカイとかは書いててものすごく楽しかったです(笑)が、イノに攻められてソルの名前を呼んじゃうカイも書いてて楽しかった・・・あは。先に頂いたイラストに私が調子に乗ってこんなSSを書いたら、素敵な挿絵までもらってしかもサイズまで変更させて申し訳ない咲さん・・・(本当はもっと大きなサイズでもらったのを、サイトに載せるという私の我侭を聞いてくれてサイズを縮めてくれたのでした。大きいのはカイの表情とかはっきり見れて悶えますのよ〜うふふふ)
 ここまで書いたくせにまだまだイノカイ萌えまくってるので、もう一本くらい書いちゃうでしょうきっと・・・(笑)
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