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   DOLCE VITA
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 ―――苛々する。
 適当にフライパンを揺らしながら、カイは肩越しに振り返っては唇を尖らせ、眉を顰めた。
 ダイニングのテーブルの上には、小さな包みが寂しく置かれていた。両手に少し余るくらいの大きさのそれは、淡い桃色の包み紙と、鮮やかな赤のリボンに飾られて、贈答品だということが一目でわかる。
 カイは浴室へ視線を投げた。小奇麗な包みは、カイが用意したものではない。いつものように、何の前触れもなくふらりと現れた男が持ってきたものだ。男は珍しく怒られる前にさっさとシャワー室に消えてしまって、この包みが何であるのかは、まだ聞けていない。
 聞けていないというより、聞けなかったのだ。
 視線が、また自然とテーブルに移る。可愛らしいラッピングは、明らかに女性に向けたものだ。まだ包装は綺麗なままで新しく、開けていないところを見ると、貰ったもの、という事でもなさそうだ。贈り物だとすればやはり女性からであろうし、貰ったものだと思うのも、それはそれで少し複雑だけれど。
 手元に視線を戻したカイは、茹で上がったパスタをクリームソースの出来上がったフライパンに入れて、また適当に手を動かしながら溜め息を吐いた。
 ―――誰かへのプレゼントですか、などと。
 聞けるはずもない。そんな資格、自分には与えられていない。彼はきっと、関係ない、と一言で跳ね除けて、話してはくれないだろう。ただでさえ、プライベートに触れられることを嫌う男だ。
 大体自分と彼とは、恋人同士、というような、はっきりとした関係というわけではないのだ。時折男はこうして気紛れに自分の元を訪れるけれど、それは顔見知りで彼の事情の一端を知っている自分が都合がいいだけであって、それ以上の、特別な理由などあるわけもない。少なくとも、彼には。
 そこまで考えて、ふと、手が止まった。俯きがちだった顔をあげて、男がいるはずの浴室へと再び視線を投げる。
『だったら、ソルにとって、私は一体何なんだろう』
 都合よく休息を取りに現れて、時に戯れに肌を合わせて。
 自分にとっての彼は、もう、こんな些細なことですら気になってしまうほどに、大きな存在なのに。
 何だかそれも悔しいような気がして、カイはらしくもなく舌打ちして思考を振り払おうとした。しかし苛立ちはやはり引いてはくれず、視界の端に鮮やかなリボンが揺れるたび大きくなっていった。食事の支度をしていることすら惨めなように思えて、カイは無意識の内に手を止めてしまった。
 一言でいい。尋ねるだけの勇気があれば、こんな気持ちにはならないのだろうか。
 怒りとやるせなさが綯い交ぜになって胸を締め付ける。さっと目を伏せた所で、浴室のドアが開く気配がした。身近に感じることにも慣れてしまった男の気配が、そのまま真っ直ぐにダイニングへと向かってくる。
 徐々に近付くそれにあわせて振り向いたものの、裸の上半身に水滴を滴らせ、ろくに髪も拭かずにタオルを引っ掛けたソルは、カイへ声をかけるでもなく、さっさと酒棚へ向かった。やはり部屋の主であるカイには断りも入れず、棚から適当な一本を取り出し、そのまま口に運んで煽った。
 カイは普段好んで酒を飲む事はない。料理に多少使うことはあるが、それ以外は全て、ソルのために買い置いているものだ。
 別段飲まれて困ることはなく、むしろソルが飲まなければ余らせるだけなのだが、しかし一言もなしにいかにも自分のもの、とばかりに瓶を空けていく様を見ると、無性に腹が立った。
 きつく睨み付けてやると、視線には気付いたのか、酒瓶を片手に持ったまま、ソルがゆっくりと振り向いた。
 しかし平然とした顔を向けられ、また苛立ちと怒りが膨れ上がる。カイはふいっと顔を逸らした。怒るにせよ、自分から口を開くことすら今は悔しいような気がした。子供じみているとは思ったが、そのままソルからは視線を外して俯く。
 すると、さすがに不思議に思ったらしく、訝しげな声で呼びかけられた。
「坊や」
 カイは眉を顰めた。いつもと同じ呼び方だが、今はそれにさえ苛立ちが募った。撥ね退ける声で応じる。
「私は坊やじゃない」
「おい」
「何度言ったらわかるんだ、私にはカイという名前があって、坊や、でもおい、でもないと・・・」
「鍋、焦げてるぞ」
「え? ・・・ああッ!」
 言葉半ばで指摘され、そこでようやくカイはフライパンを見た。殆ど意識も向けないまま火にかけていたそれは、すっかり水分も飛んで、ホワイトソースがブラウンになりかけていた。
 カイは慌ててフライパンを脇に投げ出して火を止め、大きく溜め息を吐いた。苛立ちに気を取られて手元が覚束ないだなんて、情けないにも程がある。少々の自己嫌悪と、やはり消えてはくれないもやもやとした気分に、カイは目を伏せて沈黙した。
 坊やだなんだと、また馬鹿にされるだろうと構えていたカイだが、しかしかけられた声には呆れに混じって苦笑のような、僅かだが柔らかな響きがあった。
「ったく、なに呆けてやがる」
「べ、別に呆けてなんか・・・」
 肩越しに振り返ると、すぐ近くにソルの顔があった。頬に感じる吐息からは酒の匂いがする。背中から抱き締めるように体を寄せてきた男は、すい、とカイの腕を掴んで引き寄せた。
「火傷とかしなかったか」
「え・・・ひゃっ」
 珍しい気遣いの声に目を瞬かせたのも束の間、ソルはカイの答えを聞くでもなく、掴んだ指先をそのまま口元に運び、火傷などどこにもないそれに舌を這わせた。突然の事にカイは思わずひっくり返った声をあげてしまったが、ソルは構わず、白い指先を丁寧に舐めた。
 生暖かいものが肌を滑る感触にカイは肩を竦めた。間近に感じる男の体温は、風呂上りのせいもあるのだろうが、普段より熱いように感じる。石鹸の香りに混じるのは男特有の陽の匂いで、それらに煽られて、自分の体温まで上がっていくかのようだ。
 しかし抵抗しようにも片腕を腰に回され、しっかりと抱き込まれているために、ろくに身動きも出来ない。元より純粋な力ではソルに敵うわけもなく、カイは必死で手足をばたつかせながら声を荒げた。
「バカ、離せ! どこも火傷なんかしてない!」
「人が親切に診てやってるんだ、大人しくしてろよ」
「何が親切だこの変態!」
「何だ、わかってるんじゃねえか」
 瞬時にソルの意図を察して毒づいたものの、裏目に出てしまった。これでも遠回しだったらしいソルの手に、今度はやや乱暴に向きを変えさせられ、腰を支えていた手がそこから続く双丘へ這わされる。
 指先は口内に嬲られたまま、そうして布越しにでも触れられてしまえば、満たされる悦びを知っている体は、いとも容易くソルの手に堕ちてしまう。熱が上がり、徐々に抵抗の力が弱まっていくのを自覚しながら、カイは身をソルに委ねようとして、固まった。
 ソルの肩越しに見える光景の中で、鮮やかに浮かび上がる赤が、心を凍らせた。
 贈り物。女性らしい包み。
『ソルにとって、私は』
「―――嫌だ!」
 鋭い声は、反射的なものだった。悲痛な声音にソルの手が止まる。
 頭で考えるより早くに滑りでた言葉に、カイ自身も驚いて目を瞠った。半ば呆然とソルを見上げれば、自分を見つめる紅い瞳にも、男にしては珍しいが、僅かながら困惑の色がある。
 無意識にとはいえ、叩きつけるような拒絶をしてしまった。ソルも驚かないわけがない。触れている手からは力が抜けていた。
「す、すまない・・・大声出したりして」
 カイは出来る限りやんわりと手を引き、体を離して、ぎこちなくだが笑って見せた。
「食事、すぐ新しく用意するから」
「・・・別に食えるだろ」
 一転して申し訳無さそうに顔を逸らすカイに、ソルは無理を強いる事はせず、適当に返して再び酒瓶を取りあげて離れた。ソルは自分が本当に嫌がる時には、よほどの事でなければ引いてくれる。
 大人しくテーブルについてくれた事と理由を聞かれなかった事に安堵し、カイはとりあえず鍋はそのままに、先に用意しておいたサラダと、酒のつまみになりそうなものを適当に見繕ってテーブルに並べた。
 少し待っていてくれ、と声をかけようと口を開きかけた所で、また、動きが止まってしまった。テーブルに皿を並べれば、否応なしに包みが目に入る。
 どかりと椅子に腰掛けてつまみに手を伸ばしかけたソルは、不自然に動きを止めたカイに軽く目を眇めてその視線を追い、そしてその先にあるものを認めて、納得したような顔になった。
「・・・ああ、これか」
 酒瓶から手を離し、すい、と腕が伸びて包みを取りあげる。何でもない動作にカイは思わず身を揺らしてしまい、その反応はソルに動揺を伝えるだけだとはっとするが、既に遅かった。大きな手に包みを弄びながら、ソルは意地悪く口の端で笑った。紅い瞳が少年のように瞬いて、からかう色でカイを見上げる。
 そのままキッチンに戻る事も出来なくなって、カイはばつの悪そうな顔をしてソルの視線を受け止めた。
「気になるか」
「・・・別に」
「相変わらず嘘が下手だな、坊や」
 出来る限り素っ気無く応えてはみるものの、やはり無駄だった。あっさりと嘘を看破したソルは何でもないように笑った。
「坊やは気になるものがあると視線が動くからな。わかりやすい」
「・・・・・・」
 今度は否定も出来ずに、カイは目を逸らした。そのつもりはなくとも、自然と目が見慣れない包みを追ってしまっていた事は本当だ。警察という職業柄、そして人の上に立つ人間として、嘘も隠し事も決して苦手ではないはずなのだが、ソルの前でだけはどうしても上手くいかない。
 カイが黙り込むと、ソルは何故か機嫌良さげに喉の奥で笑う。
「女にやるもんだとでも思ったんだろ」
 更に図星をさされて、ますますカイは言葉をなくした。心が見透かされているかのようなソルの言葉に居心地まで悪くなり、頬をうっすら染めて唇を噛む。そうした反応が何よりソルに感情の在処を伝えていることに、そしてまたソルを楽しませているということに、カイは全く気が付いていない。
 しかしソルの、いかにもからかっている、遊んでいる、といった態度に、それでもなお悔しさが勝り、カイはふん、と鼻を鳴らして顔を逸らしながら、声を低めた。
「別に、興味があっただけだ。お前は人に贈り物をするなんてガラじゃないからな」
「・・・ま、それもそうだがな。たまには悪くねぇかと思ったんだよ」
「え?」
 簡単に納得したソルは、面倒そうに溜め息を吐いた後、軽く手を振って包みをカイに向けて放った。綺麗な放物線を描いて飛来したそれは、反射的に出した手にすっぽりと収まり、大きさのわりにしっかりとした重みを伝えてくる包みを、カイは瞬きしながら見下ろした。
 戸惑いに目を瞠るカイに、ソルは短く呟いた。
「やる」
「・・・だって、これ」
「誰が女にやるなんて言った?」
 開けろよ、と促すソルに、その言葉が誤魔化しでも嘘でない事を悟って、カイはさあっと顔を赤くした。
 ソルは、最初から自分のためにこれを用意したのだ。一人で誤解して苛立っていた自分が恥ずかしく、カイは両手に包みを持ちながら、居た堪れなくなって礼を言うことも出来ずに口篭る。
 赤い双眸は容赦なく、嬉しくないのか、と問い掛けてくるが、カイはそれにすら顔を上げる事が出来なかった。先に言葉にした通り、男は普段、人に贈り物をするような性質ではない。それが自分のために何かを買い求めたと知って、嬉しくない訳がないのだ。ただ、見るからに女性に向けた包装は、少し複雑なものはあるけれど。
 しばらくそのまま包みと向き合って、カイは小さな溜め息を合図としてリボンに手をかけた。
 上等な布の感触を指に絡め、丁寧に紙を開き、箱を開けると、ふわり、と花の匂いが漂ってきた。何だろうと中身を取り出してみれば、淡い黄色の液体を封じ込めた小さな、丸みのある可愛らしいデザインの瓶が現れる。
 予想もしなかったものに、カイはきょとんと目を丸くした。
「香水?」
 自分にはまるで縁のないものだった。購入した事もなければ貰った事もなく、つけたこともない。カイは首を傾げて、瓶を光に反射させながら繁々と眺める。蓋は開けていないものの、瓶からは残り香のようなものが零れ落ちて、鼻をくすぐった。
 匂いは百合か何か、花に近いものでそうきつくもなく、不快な香りではなかったが、しかし男が身に付けるものではない様な気がする。口元を笑わせているソルの意図もまるで掴めず、カイは訝しげに眉をひそめた。
 瓶を片手に持ったまま、ふともう片手の箱の方に視線を移すと、そこには香水のブランドらしい名前と、フランス語で製品の名前が刻まれていた。何とはなしに口に出してみる。
「ドル・・・、っ!!」
 カイは最後まで言を紡ぐ事が出来ず、かあっと頬を赤くした。フランス語で書かれたその単語が何を意味するのか、わからないわけがない。瓶を包む指先が僅かに震えた。無論羞恥からだ。
 手の平に収まる小さな瓶を握り締めながら、恐る恐る顔をあげる。ソルにはフランス語はわからないかもしれない、と一縷の望みをかけて紅い瞳を覗き込めば、しかし予想通りにソルは意地悪く笑って、ゆっくりと目を細めて呟いた。
「DOLCE VITA―――甘い誘惑。坊やにぴったりだろ」
「ど、どこが・・・っ」
 微かに鼻腔を掠める甘い匂いに煽られるように、カイは顔を赤らめてソルを睨み付けた。が、頬を桜色に上気させ、目を潤ませたその状態では、迫力も何もない。ソルはまた楽しそうに笑っただけで、怯みもしなかった。
「説明して欲しいなら詳しくしてやろうか」
 面白がられている、とはわかったが、しかし反論の糸口も掴めず、カイは黙ったまま首を振った。ここで頷けばソルが何を言い出すか、想像に難くなかったからだ。
 カイは所在無く肩を竦めて香水を見下ろした。
 手の内にある小さな瓶から香る匂いは、名前の通りに甘いものだった。甘く、華やかで、包み込む暖かさがある。花がベースになっているようで、爽やかさもあるが甘ったるさが強い。それ以上に、花が持つ特有の吸引力のようなものも感じた。人を振り向かせ、思わず手を伸ばさずにはいられないような。
 『誘惑』という単語がちらつく。ソルは何を思って、この香水を自分にと買ってきたのだろう。
 躊躇いがちに、カイは口を開いた。
「・・・お前の」
「ん?」
「お前の、私のイメージって・・・こんな、なのか?」
 尋ねると、ソルは一度ゆっくりと瞬きをして、改めてカイを見上げた。質問の意味を更に問うてくる視線に射竦められながら、カイは瓶を握り締め、熱い息を吐いた。何となく気まずげに目を逸らす。
「だってこんな・・・甘くて、いかにもじゃないか・・・」
「・・・やっぱ、説明してやった方がいいみたいだな」
 無造作に頭にかけたままだったタオルを床に落として立ち上がり、ソルは溜め息混じりに呟いて、カイの傍へと寄った。
 カイは逃げなかった。真っ直ぐ心まで透かすように見据えてくる男の瞳には、それこそ誘惑の色がある。抗えない、強い誘惑だ。そして激しい情欲が、カイの精神を浸食し、身をも焦がしていく。
 逞しい腕が体を捕らえ、引き寄せた。息を感じるほどの間近で視線が交わる。最早目を逸らすことさえ許されない強引さで、ソルはカイの視線を絡めとった。
「わからせてやるよ。お前がいつもどんな風に俺を誘ってるか」
 熱の篭った囁きと共に降りてくる口接けは、ひどく甘い。


 二人分の重みに、ベッドが軋む。
 大きく足を開かされ、全てをソルの眼下に晒している体勢で、カイは片手で顔を隠し、もう片手でシーツを握り締めて、羞恥に耐えていた。開いた足の間には、ソルの頭がある。躊躇いもなく欲望を口内に迎え入れた男は、わざと大きな音を立てながら、張り詰めたそれを執拗に責め立てた。
 唇で柔かく噛み付き、舌先で先端を抉って、零れる先走りの白濁を啜り上げる。腰を固定され逃げる事も出来ずに、カイは首を振り、掠れた声で喘いだ。奥まった秘所には既に二本の指が差し込まれ、蠢く指は知り尽くした箇所を抉り、後ろからもカイを苛んだ。
 しかしきっちりと根元を押さえられているせいで解放は許されず、カイは幾筋もの涙を頬からシーツへと伝わせ、熱に浮かされるままソルの名を繰り返した。
「ソル・・・ソル、や、許して・・・」
 甘く鼻にかかった声だった。許しを乞うというよりは、先を強請るような響きを含んだそれに、未だ理性を手放さずにいるカイは顔を歪めて恥じらった。ソルから顔を逸らすようにゆるりと首を動かして、サイドテーブルに置かれた小さな瓶を視界に捕らえる。
 蓋の開けられたそれからは、先程よりも強く香気が流れでて、部屋を満たしていた。脳髄をじんと痺れさせ、心を蕩けさせる匂い。深く吸い込めば、感情まで麻痺していくかのようだ。
 狂わされているのは、香りのせいだ。
 無理に思考を逃がして、カイは香水から視線を外し、目を閉じて快楽に打ち震える。限界を訴えた言葉にもソルは取り合わず、愛撫は一層激しくなって、カイを苦しめた。追い立てられるままに、カイは蕩けた呼気を吐いて首を振った。
「いやぁ・・・」
「おいおい、もう我慢できねえのか?」
 カイ自身に舌を這わせながらの嬲る言葉は、その響きだけでも強すぎる刺激だった。びくびくと跳ねる腰を押さえつけたソルは、呆れたように小さく溜め息を吐いたかと思うと、そのまま愛撫を激しくしてカイを絶頂へと導いた。
「ひ・・・あ! やだ、やぁ・・・あ、ふ」
 形ばかりの否定を口にしながらも、カイの体は貪欲にソルの愛撫を受け入れた。
 自身に絡んでいた戒めを解かれ、背後に飲み込まされた指の腹の部分で感じやすい場所をぐりぐりと強く押されて、カイはあっさりと追い詰められた。唇が吸い上げるのに抗えず、高く、長く尾を引く声を上げてソルの口内へと白濁を放つ。
 解放の余韻に身を支配され、荒く息を吐いていると、身を起こしたソルが、カイの放ったものを見せつけるようにして喉を鳴らして嚥下していた。
 口の端を汚しているぬめりを拭う姿に、カイは泣きそうな顔をして目を閉じた。改めて羞恥を覚え、大きく開いたまま投げ出していた膝をゆるりと閉じようとすれば、それもソルに阻まれてしまう。
 欲情に一層赤味を深めている紅蓮の双眸が、晒されたままの下肢を無遠慮に見下ろした。解放に萎えたものと慣らされてひくついた秘所とを視線に舐め回され、カイは身を震わせた。握り締めたシーツを引き寄せて肌に纏わせるが、ソルはそれすらも許さず、白布を乱暴に剥がしてまた裸身を視線で犯した。
 低い声が聴覚からもカイを嬲った。
「いい眺めだな。後ろも濡れて、物欲しそうにしてるぜ」
「み、見るなっ・・・」
 悲鳴に近い声を絞り出し、カイは頭を振ってソルの言葉から逃れた。そうしたところで視線から逃げられようもない事はわかっていたが、言うなりに快楽を貪れるほどには、まだ理性を失ってはいなかった。
「ああ・・・自分じゃ見えねえよな」
 何を思いついたのか、ぽつりと呟いたソルは、何かを探すように首を巡らせて部屋に視線を走らせると、身をベッドから降ろした。唐突に男の気配を身近から失って、カイは瞬きしながらソルの姿を追う。男は壁際にあった姿見のための大きな鏡を、ベッド脇まで引き寄せた。
 まるで意図の掴めない行動だった。ベッドへと向けられた鏡を見やり、カイはベッドに戻ったソルを不思議そうな顔で見上げる。
 しかしソルは視線に取り合わず、どこか酷薄な笑みを浮かべたままで、カイの足を掴み身をうつ伏せに返させた。驚く間も無く体勢を変えられたカイは肩越しにソルを振り返るが、ソルはそれにも答えを返さない。
 何を、と言いかけたところで、腰を持ち上げられた。
「っ! ちょ、ソル・・・!」
 顔をシーツに押し付けたまま下肢だけを引き寄せられ、後孔に熱い昂ぶりを押し当てられて、カイは慌てた声を出す。
 抗議の声を、ソルはやはり無視した。細い腰を鷲掴み、入り口に添えたものをやや強引に内部へと侵入させる。汗の滲んだ白い背が綺麗に仰け反った。
「い・・・あ、あぁ!」
 苦しげな声を零して、カイは再び上体を倒した。いかに慣れたとはいえ、繋がる瞬間の痛みだけは消せない。カイはきつくシーツを握り締め、内部を犯される圧迫感に身を震わせたが、秘所はソルを拒みはしなかった。媚肉は絡みつくようにソルを包み込み、待ち望んだ刺激に悦んで男を締め付ける。
 身を犯す熱さに、精神まで溶かされそうだ。不明瞭な喘ぎ声を切れ切れに漏らしながら、その合間にソルの名を呼び、腰を使って奥へと侵入してくる熱塊の感触に、カイは身悶えた。
 やがて全てを収め切って、ソルの動きが止まった。埋めたものが脈打つ様を生々しく内に感じながら、カイはこの先の快楽を期待するかのように、深く長く息を吐く。
 すると、不意にソルが耳朶に囁きを投げかけた。
「ほら・・・見えるか」
 ソルの低い呟きに誘われて、カイは顔を上げ、そして目を瞠った。
 目の前には、先程ソルが引き寄せた鏡がある。そこには、後ろから男に抱きすくめられた自分の姿が、残酷なほど鮮明に映っていた。髪を乱し肌を紅潮させ、シーツに上体を沈めながらもいやらしく男へと腰を突き出した鏡の中の青年は、潤んだ碧の瞳を瞠ってこちらを見ていた。薄く開いた唇は男を誘っているようで官能的だ。
 鏡を寄せたソルの意図をやっと悟り、カイは愕然とし、そして赤くなった。行為の前の、わからせてやる、と囁いたソルの言葉が、脳裏に繰り返される。
「っと、逃げんじゃねえよ」
 咄嗟に顔を背けようとしたカイの顎にするりと手を添えたソルは、強引に顔を鏡へと向けさせた。否応なく自分の艶姿と直面させられ、カイは怯えた様に身を捩らせるものの、身を繋いだままの状態では、内部に収めたものを刺激するだけだった。敏感になった体にはそんな身動きすら快楽となって、波のように襲うそれに、カイはただ切なげな顔をして蕩けた息を吐く。
 震える華奢な体を背後から抱きすくめて、ソルは楽しそうに声を零した。
「やらしい顔してるだろ?」
「い・・・いや、やだ、離せ・・・っ!」
「てめえで腰振って、殺しきれない震えた声で喘いで・・・いつもお前が俺を誘ってんだよ」
 弱々しい抵抗さえ楽しげにソルは笑い、顎から手を外し、再びカイの腰へと手を添えた。



 支えを失って再びシーツに体を倒したカイは、そのままきつく目を閉じて視界を閉ざしたが、しかし次の瞬間には激しく突き上げられ、体の跳ねるに任せてまた顔を上げた。涙に揺らいだ視界に、あられもなく乱れる自分の姿が、逃げ場もなく映っている。
 目を逸らす事は、出来なかった。
 体と心と、全てで浅ましくソルを求めている。これが、自分なのだ。
 羞恥とも戸惑いともつかない表情になったカイに、鏡越しにそれを見たソルは、奥を抉りながら再び勃ちあがりはじめたカイの欲望に指を絡ませた。
「余裕だな・・・集中しろよ。もっと締め付けろ」
「うあ・・・っ、ん」
 前を弄られ、カイはびくん、と体を揺らして体内に飲み込んだものを引き絞った。しかし男はそれに逆らうようにして身を引き抜き、僅かに緩んだ所へ、カイの弱い部分を擦り上げながら深く突き入れてくる。官能を探り、それを的確に責める動きに、カイは泣き濡れた声をあげながらも、それにあわせて体を揺らした。
 手が、縋るものを求めてシーツを彷徨う。柔らかな布の感触は頼りないものだったが、それ以外に触れるものもなく、カイはシーツをかき抱くように引き寄せた。
 背後からなおも容赦なく突き上げてくる男は、荒い呼気の中にもまだ余裕をもって、痴態を愉しんでいるかのように、時折くつくつと喉を鳴らしていた。もはや限界も近いカイは、解放に追い立てるのではなく、まだ足りないと嬲ってくるソルを肩越しに振り向いた。羞恥もかなぐり捨てて懇願する。
「ソルっ・・・おねが、い、離して・・・」
 上擦った声で呼びかけたカイは、シーツを掴む腕の片方を自身に絡められたソルの手に重ねた。しかし構わず身を穿ってくる熱塊の勢いは変わらず、戒めもそのままだ。カイは泣きじゃくって髪を振り乱した。
「も・・・う、無理・・・だめぇっ・・・!」
「何言ってやがる、しっかり咥え込んで離さねえくせして」
 お前が悪い、と耳朶に低い囁きを落とされ、後ろから激しく身を揺らされれば、声も形になりきらず、不明瞭な喘ぎとなって消えていくばかりだ。
 ソルは重なったカイの手を逆に張り詰めている欲望ごと握り込み、緩く上下させた。眩暈がするような快楽で苛んでおいて、けれどまだ責める手はそのままに囁きかける。響く声は、ソルもまた熱に浮かされているためなのか、どこか甘さを含んでいた。
「もう、限界か? それともまだ足りなくて、ダメ、なのか?」
「ちがっ・・・あ・・・ふ、ぅ」
「だったらそのイイ声で誘ってみな」
 突き放す声さえ甘い。一度きつく目を閉じ、溜まった涙を頬に伝わせてからまたソルを見つめて、カイは出来るだけ深く息を吸い込んだ。
 瞳に媚びる色を、声に甘さを含めて、囁く。
「お願い・・・ソル、いかせて・・・」
 強要されても口にしないような言葉で、カイはソルを誘った。男を少しでも悦ばせるためにと熱に潤んだ息を吐けば、ソルは満足げに笑い、誘われるまま戒めを解いてカイを追い上げにかかった。シーツに沈んでいた体が、強すぎる刺激に大きく跳ねた。
 心まで蕩かすような快楽に襲われ、香水の匂いに包まれて、カイは思う。
 ―――いつまでも、彼にとっての自分が、甘い誘惑であればいい。
「ソルっ・・・」
 切羽詰った呼びかけに、男の動きが激しさを増していく。
 やがて最奥に叩き付けられた白濁を受け止め、自らも精を吐き出して、カイはぐったりとシーツに体を沈み込ませた。


 行為の後は、どうしても体が重い。
 薄く汗ばんだ逞しい体に抱き寄せられるまま寄り添いながら、カイはしばらく身を支配する気だるさに任せてまどろんでいたが、ふとベッドサイドに置いたままになっている香水の瓶を視界に捉えた。
 開いていたはずの蓋はいつの間にか締められていたが、閉ざされた空間に、香気は情欲の澱んだ空気と混ざり合って、消えずに漂っている。
 まだはっきりとしたものとして鼻腔を擽る香水の匂いに、カイは目を細めた。抱き締める腕の中で身動ぎし、ソルを見る。寝てしまったものと思われていたのか、ソルは僅かだけ目を瞠って視線に応じた。
 カイはしばらく躊躇ってから、ぽつりと呟いた。
「・・・ソルだから」
 ごく小さく紡がれた声に、ソルは訝しげな顔になる。一言で全てを汲み取ってはくれなかったらしいソルに、カイは拗ねたように唇を尖らせて見せ、それでも視線は逸らさずに続けた。
「私が、誘っているんだとしたら、それは・・・ソル、だから」
 行為の余韻の残る、情欲の消えきらない赤い瞳が、一度だけ驚きに瞬いた。
 言い置いて、カイはそのまま再びソルの胸元に顔を埋めた。改めて言葉にすれば、やはり羞恥が先に立つ。赤らんだであろう顔を見られる事を嫌って顔を伏せると、ソルはするり、と前髪に指を絡ませて頭を撫でた。
 髪を梳く指の感触は心地良く、優しい動きに促されて顔を上げると、意地悪く笑った双眸と視線がぶつかった。
「珍しく可愛いこと言うじゃねぇか」
「うるさいっ。・・・匂いに酔っただけだ」
 カイは再びソルから目を逸らした。
 らしくない事を言ったという自覚はあった。しかしこうなったそもそもの原因を考えれば、ソルがらしくもなく、しかも女性用の香水などを買ってきたせいなのだ。責任は自分になどない、と突っぱねて、カイは再び胸元に顔を押し当て目を閉じた。
 暗闇に意識を沈めようとしたカイだが、不意に思い付くものがあり、もう一度顔を上げて尋ねてみた。
「そう言えば、お前・・・女性用の香水なんか、どんな顔して買ってきたんだ?」
「・・・・・・・・・」
 何気ない問いかけのつもりだったが、ソルは眉間に皺を寄せて黙り込んでしまった。その反応に逆に驚いてしまって、カイは大きく目を瞬かせる。どうやら、あまり触れて欲しくない事だったらしい。
 そのまま不機嫌に顔を顰めるのを間近に見て、カイは吹き出す様にして笑った。
 どこで香水を買ったのかはわからないが、このいかにも香水になど縁のなさそうな男が、自分のために店に入り、贈物用の包装までさせた姿というのは、やはりそぐわない気がする。おそらくはソル自身もそう思っているはずで、彼のそういった面倒さや気恥ずかしさを思えば、それだけでくすぐったいような気持ちになる。
 ばつが悪そうな顔で舌打ちするソルに、カイは笑顔のままで囁いた。
「礼がまだだったな」
 カイはすっと伸び上がって、しかめっ面のソルへ唇を寄せた。最初は触れるだけで離れ、そして二度目はもう少し長く、温もりを分け合うように―――男を誘うように、触れ合う。
 三度目の口接けに、男の顔が、ゆっくりと、苦笑と共に綻んだ。




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