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   Happy Child 1
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「―――言い訳があるなら、聞くだけは聞いてやってもいいが?」
 全身が凍りつく絶対零度の声を浴びせられて、背筋に嫌な汗が伝った。抑揚のない声は、底知れぬ怒りを秘めたものだ。彼との付き合いは短くない。その位は、読み取る事が出来る。
 しかし怒っているとわかったところで、どうにかなるという事でもなく。どのような言い訳も弁明も、この状態の彼には通用しないだろう。フローリングの床に正座させられた成歩堂は、小さく身を縮こまらせながら、ソファにどっかりと座る御剣を、恐る恐る上目遣いに見やった。
 縋るような弱々しい視線を受けた御剣は、けれどもそれを鋭い眼光で一蹴した。爛々と双眸をぎらつかせて、怒りを抑え込んだ硬い表情のまま、悠然と腕組みしてソファの上から成歩堂を見下ろす。取り付くしまもない様子に、再び俯くしかなかった成歩堂はますます、哀れなほどに体を小さくした。だがそれでも、御剣の怒りは留まる所を知らない。法廷でも滅多に見られないような、烈火の如き空気を身に纏わせて、御剣は突き放す声で呟いた。
「どんな言い訳をしても、キミの有罪は揺るがないがな」
「・・・御剣ぃ」
「甘ったれた声を出すな!」
 情けない呼びかけを鋭い叱咤で斬り捨てた御剣は、苛立ちのまま思い切りソファに手を叩きつけた。ばすん、と少々間の抜けた音が響き、だがそれにすら成歩堂は肩を竦ませる。
 御剣の怒りは本物だ。それに根が深い。当然だ。それだけのことを、自分はしたのだ。怒られる事は予想していたし、それを受け止める覚悟もしていた。どんな罰でも受けるつもりでは、いた。のだが。
 成歩堂はそっと顔をあげ、再び御剣を見上げた。今度はしっかりと視線が交わる。そうして向き合ってしばらく、成歩堂は堪えきれずについ口元を緩めてしまった。それに御剣はかっと赤くなり、机の代わりとばかりにもう一度ソファを叩いて、その指先を成歩堂の鼻先へとつきつけた。
「にやけるな馬鹿者、言い訳するならさっさとしろ! どんな理由があって人をこんな姿にしたのだッ!」
 怒りに潤んだ大きな瞳。未発達の細い手足。いつもより一オクターブ高い声。
 ―――そこには、十五年前の御剣怜侍の姿があった。



 若返りの薬、と手書きで書かれた小さな袋を持ってきたのは、矢張だったのだという。
 またどこだかの雑誌のモデルと付き合いだしたらしく、金がないと騒いでいた彼は、以前路上で安く買ったらしいその薬を買い取って欲しい、と成歩堂に持ちかけてきたらしい。結局勢いに押されて購入してしまった薬を、成歩堂はちょっとした興味と悪戯心で、ちょうど事務所を訪れた御剣に出したコーヒーに混ぜてしまった、と事の次第を説明した。
 説明を聞き終え、思い切り眉間に皺を寄せた表情をした御剣に、成歩堂は苦笑しつつ頭をかいた。ばつが悪そうに、強張った笑いを含んだ声を放つ。
「いや、だってさ、まさか本当に効果があるなんて思わなくて」
 事件の影に、やっぱり矢張。脳内に繰り返された、もはや使い古されたフレーズに鈍く痛む頭を押さえながら、御剣は大きく溜め息を吐いた。矢張であれば仕方ない、と思ってしまうのは、自分が甘いせいだけではない、と思いたいところだ。
 ともあれ、ここでどれだけ成歩堂を責めても、こうなってしまったものはもうどうしようもない。確かに成歩堂の言い分も尤もで、『若返りの薬』などと聞いても、普通は本当に効果があるとは思わないだろう。ましてや道端で買ったような薬なのだ。怪しみこそすれ、信じる人間の方がどうかしている。それを他人に飲ませた成歩堂の神経も、どうかとは思うが。
 しかし矢張が元凶だと思えば、こうして怒っている事さえ馬鹿馬鹿しく思えてしまって、御剣はぐったりとソファに体を沈み込ませた。袋にある説明書きを信じるなら、一晩もすれば元に戻るらしい。今日はもう仕事も終わった所で、明日も休みだ。一日位なら、極めて悪質な悪戯ではあるが、付き合ってやるしかないだろう。怒るのは元に戻ってからでもいい。この姿では、怒る事すら滑稽だ。御剣はすいと手を持ち上げて、自分の体を改めて観察した。
 小さな手足。妙に高く聞こえる声。いつもと全く高さの違う視界。おそらくは、十歳前後の自分の姿と思われた。何もかもに違和感はあるのだが、懐かしいような気持ちもあった。ふと、成歩堂と初めて出逢ったのは、この小さな体の頃だったと思い出す。友人でいられた時間は、そう長くはなかったけれども。
 御剣はもう一度大きく息を吐いて、様子を窺うように見上げてくる成歩堂に、小さな手を適当にひらひらと振った。子供用の服など用意があるはずもなく、仕方なく羽織っていた自分のシャツの、幾重にも折り曲げた袖の重さに、御剣は眉間に皺を寄せた。膝の辺りまでを覆う大きく余ったシャツの裾を掴み、持ち上げる。
「もういい。とりあえず着替えを用意したまえ」
「うん、すぐ買って来る」
「この姿で外に出たくない。今日はこのまま泊まらせてもらうぞ」
 怒りからというより諦めから投げ遣りにそう言うと、素早い動作で財布を手に立ち上がった成歩堂は、部屋のドアの直前で立ち止まり、肩を竦め体を小さくして項垂れた。いつも法廷ではしゃんと背筋を伸ばし姿勢のいい彼の、珍しくしおらしい姿に、御剣は軽く目を瞠った。何度か目を瞬かせながら眺めていると、成歩堂は心底から申し訳無さそうに呟いた。
「・・・ごめん、御剣。許してくれる?」
「謝るなら最初からやるな」
 今更許すも許さないもないだろう、と唇を尖らせて応じれば、成歩堂はますますしょんぼりと肩を落とした。その様子は、それこそ彼の方が小さな子供のようで、御剣は眉間の皺を解いて僅かだけ笑った。
 毒気が抜かれる、というのはこういう事を言うのかもしれない。本当に反省しているらしい成歩堂を、御剣は「夕食は鰻だ。奢るなら許してやる」と付け加えて送り出してやった。



 一日位なら何という事はない、と思っていた御剣だが、実際の子供の姿での生活は、困難を極めた。
 まず、何をするにも力が足りない。時間潰しに本を読もうとすれば、普段なら普通に持てる本も重く感じる。棚から引っ張り出すだけで一苦労で、いざ膝に乗せて読んでいても、その重みに疲れるばかりだった。自分はこんなに非力な子供だったのだろうかと、早々に本を読むことを諦めた御剣は、仕方なくテレビを見ながらむっつりと唇を尖らせていた。
 それ以外にも、色々と不便な事は多い。許すと言った手前怒るわけにもいかないが、今更ながらに沸々と湧き上がってくるものがある。ますます眉間に皺を寄せてテレビの画面を睨み付ける御剣に、成歩堂は湯気のたつカップを差し出した。
「コーヒーでいい?」
「ム」
 優しく声をかけて隣に座った成歩堂から、両手でカップを受け取った御剣は、一口含んで渋い顔をした。
 それとなくカップをテーブルに置き、口元に小さな手を当てる。コーヒーはいつもブラックで飲んでいる。成歩堂も勿論それを知っていて、ブラックで淹れてくれたのだろうが、何故かひどく苦く感じた。だが、同じ物を飲んでいる成歩堂には変わった様子はなかった。という事は、コーヒーを変えたという事でもないのだろう。自分の味覚の方がおかしくなっているのだ。
 こんな所にまで変化が現れているのかと、御剣はうんざりした表情で俯いた。こうしていると、一日の何と長いことか。その内頭がおかしくなってしまうのではないか、と特大の溜め息を吐いていると、ふと視線を感じた。
 御剣は再び溜め息を吐きながら、にこにことこちらを見つめる成歩堂を見やった。
「・・・成歩堂」
「え、何?」
「そうやって人をジロジロと見るのはやめたまえ。落ち着かない」
 辟易とした口調で告げれば、成歩堂はひどく嬉しそうに笑ったまま、小さくごめん、と呟いただけだった。しかし視線は外される事もなく、御剣は眉根を寄せて唇を引き結ぶ。
 この姿になってからというもの、子供の姿が面白いのか珍しいのか、成歩堂はよく御剣を見つめていた。何という事はなく、ただにこにことこちらの一挙一動を眺めているのだ。不愉快というほどの事でもないが、やはりこうもじっと見つめられていると、観察でもされているようで落ち着かなかった。
 いい加減にしろと御剣はきつい眼差しを向けたが、成歩堂はやはり笑ったまま、少しだけ照れたような顔をした。君は怒るだろうけど、と前置きしてから口を開く。
「何かさ、ちょっと、嬉しくて」
「人がこれだけ苦労しているのに、何が嬉しいのだ!」
「だって、その格好の御剣とは、全然一緒にいられなかったし」
「ム・・・」
 だから出来るだけ見ていたいんだ。そう付け加えられて、御剣は僅かに顔を赤くして低く唸った。正直にそう言われてしまえば、怒るに怒れない。照れ隠しにふん、と鼻を鳴らして顔を逸らしながら、御剣は素っ気無く吐き捨てた。
「だったら君も薬を飲んで、一緒に子供になってみればよかっただろう」
「うーん、そうなんだけどさ」
 不意に成歩堂は表情を曇らせて目を伏せた。歯切れ悪く黙り込んだ彼に、御剣は軽く目を瞠る。口元は笑んだままだけれど、どこか寂しげな、悔しげな顔だ。御剣は成歩堂との距離を詰めて、伏せられた顔を覗き込んだ。気遣わしげな御剣の視線を受けて、成歩堂は複雑な顔になりながら、ぽつりと言葉を落とした。
「あの、十五年前の事件の時」
 突然の単語に、御剣は思わず体を強張らせた。一瞬にして硬い表情になった御剣に成歩堂は少しだけ苦笑して続ける。
「僕が大人で、君のお父さんみたいな弁護士だったら、もっと早く真実に辿り付けたかもしれない」
「・・・・・・」
「そうしたら・・・君を、十五年も苦しませる事もなかったのに、って、ちょっと思ったんだ」
 そうして言葉を切った成歩堂を、御剣は無言のまま見つめた。
 十五年前。父親を失った事件は、霊媒にまで頼った挙句、真実に辿り付く事なく終末を迎えた。確かに彼の言うように、優秀な弁護士や検事が事件を担当したのなら、事件はすぐに解決したのかもしれないけれど、それは今どうこう言っても仕方のない事だ。誰が悪いという事でもない。ましてや当時、自分と同じ子供でしかなかった成歩堂が、こんな風に責任を感じるような事は、決してないのだ。
 けれど、彼のこの真摯な思いが、他の誰でもない自分のためのものだと思うと、嬉しかった。いつでもそうだ。彼は、どこまでも自分に優しい。
 御剣はふ、と表情を緩めて、両手を成歩堂の頬へ添えた。俯いていた顔を上げさせて自ら顔を寄せ、正面から見つめあう。成歩堂は少し戸惑って視線を彷徨わせたが、御剣はそれを許さず、更に顔を近付けて額をこつんとあわせた。おずおずと、あらぬ方を向いていた瞳が、御剣を映す。
「十五年の悪夢は、君が、取り除いてくれたろう」
「でも」
「それだけじゃない。君は、私に、色んな事を教えてくれた。・・・こうして、誰かを、愛おしいと思う事も」
 なおも言い募ろうとする成歩堂の声を遮って、御剣はきっぱりと言い放ち、そしてゆっくりと唇を寄せた。まだコーヒーの苦味の残る唇に自らのそれを押し当て、小さく出した舌でぺろりと舐める。すると不意を突かれた成歩堂は、大きく目を見開いて赤くなった。
「君が居てくれるだけで・・・私は、充分に、幸せな子供だ」
 重ねてそう言って、御剣は再び唇を触れさせた。今度は少し長く、互いの温度を確かめあうように触れ合って、御剣はもどかしそうに自ら舌を出して成歩堂の唇を割った。歯列をなぞり、更に深く絡めようとしたところで、ようやく我を取り戻したらしい成歩堂がはっとなって御剣の肩を掴んだ。体を離され、不服そうに御剣が睨み付けると、成歩堂は困り果てた顔になって声を詰まらせる。御剣は眉間に皺を寄せてぼやいた。
「何だ」
「・・・その。いや、あの」
「私相手では不満か?」
「そうじゃなくて! だって・・・御剣、辛いよ、絶対」
「君が私の体を気遣ってくれるのは初めてだな」
 いつもは有無を言わさず行為に及ぶくせに。ふん、と鼻を鳴らしながら御剣は皮肉を口にして、するりと腕を首に回して抱きついた。伸び上がって耳元に顔を寄せ、囁きを流し込む。
「君と繋がるんだ。辛い事などない」
「・・・ホントにさ、君、どこでそんな殺し文句覚えて来るんだよ・・・」
 降参、とばかりに成歩堂は力なく呟いて、抱きつく体をそっと抱き締め返した。御剣は素直に胸に顔を押し当てる。いつもは、自分と彼とはそう身長も変わらない。こうしてすっぽりと胸に抱きこまれてしまうのは、不快ではないけれど不思議な感覚だった。
「途中じゃ、止めてあげられないかも」
 耳朶に、こめかみに、頬にとキスの雨を降らせながら言う成歩堂に、御剣は絶対に止めるなとこっくりと頷いた。



 触れてくる手は、いつもと同じに優しく暖かだったけれど、やけに大きく感じた。
 まるで知らない人間の手のようだ。ふとそんな事を考えながら、そういえば、と思い出す。初めて彼に抱かれた時にも、同じような事を思った。自分と同じに小さかったはずの手は、十五年の月日を経て男の手になっていた。自分もそれは同じであったし、彼の手に触れた事が無かったわけではないけれど、肌に触れる手の感触は何故か新鮮で、知らない手だ、と思ったのだ。
 シャツを肌蹴させた手が、そっと、肌に触れる。
 恐る恐る這わされる手の感触に、御剣は小さく身動いだ。子供の体でも快楽は同じだ。ほっそりと頼りない体の線を辿るように指が動き、ぞくりと背筋を甘い電流が駆け上がる。シーツの上に体を躍らせ、御剣は堪え難く甘い声を吐いた。
「ふ、あ・・・」
 喘ぐ声のあどけない高音は、まるで自分のものではないようだ。恥じらいに緩く首を振る御剣に、優しく愛撫を施しながら、成歩堂は安堵の声を零した。
「ちゃんと、感じるんだ?」
「一々言うな・・・っ」
 脇腹を撫でていた手が、乱れた呼吸に大きく上下する胸元に戻った。ほんのりと色付いた飾りに指先が触れ、反論も掠れた声での力ないものになってしまった。かえって欲情を煽るような音を漏らした御剣は、手の甲を口に押し当てて声を殺そうとはするものの、やんわりと胸の頂きを指先に押し潰されれば、強すぎる快楽にそれもままならなくなる。もう片方を唇で食まれ、御剣はびくんと体を跳ねさせた。
「あ、ぁ・・・う、んん」
「弱い所も同じだね」
 からかう声を一つ落として、成歩堂は執拗に唇と舌とで愛撫を続けた。片手は胸から滑らせて、下肢を剥ぎにかかる。その手は、やはりまだどこか躊躇いがちでぎこちない。いつもよりゆっくりと進む行為に、御剣は荒く呼気を吐き出しながら、手を持ち上げて成歩堂の耳を掴んだ。
 遠慮なく思い切り摘んでやると、流石に子供の力でも痛かったらしく、成歩堂は胸元から顔を上げて御剣を見た。
「痛いよ、何?」
 尋ね返されて、つい口篭ってしまった。行為を誘ったのは自分だ。だから彼が罪悪感を抱く必要はない。しかしそうと口にするのも今更ながらに恥ずかしい気がして、御剣は赤らんだ顔を小難しく歪め、ごく小さい声で一言だけを呟いた。
「・・・そんな所ばかり触るな」
「じゃ、どこ舐めて欲しいの?」
「一々言わせるなっ」
 正直に聞いてきた成歩堂を一喝して顔を背ける。そうして間近で苦笑したような気配があって、露にされた下肢にするりと手が滑った。膝を開かれ内股に指が這い、御剣は大きく体を震わせた。
 はっと成歩堂を見れば、体をずらした彼は開いた足の間から御剣を見やって、笑った。
「今度はこっちね」
「ひぁっ・・・」
 小振りながらも主張をはじめていた自身に、つ、と舌が這わされた。生温くざらついた感触で根元から先端までを舐められ、そのまま口腔へと含まれる。びくん、と跳ねた腰は容易く押さえ込まれてしまい、殆どの身動きも出来ないまま、熱い口内でねっとりと舌が絡みついた。痛みにも近い快楽に、甲高い悲鳴が上がった。
「は、あ! や・・・んっ」
 わざと濡れた音を立てながら、成歩堂は含んだものを清めるように愛撫していく。時折吸い付き、唇で柔らかく噛み付けば、御剣は濡れた声で鳴き、逃げるように腰をくねらせた。けれど子供の体では抵抗らしい抵抗も出来ず、身を捩らせても更に激しく愛撫を与えられるだけだった。全身を痺れるような悦楽に支配されて、御剣は頭を振り切れ切れに限界を訴えた。
「た、のむ・・・もうっ・・・」
「ちゃんとイきそう?」
 張り詰めたものを含んだままで、成歩堂は意地悪くというよりは様子を窺う声で呟いた。舌が絡み息が触れる感覚にすら細かく震え、御剣は涙に濡れた瞳で縋る眼差しを成歩堂に注いだ。小さく頷くだけで意思を伝えると、心得たとばかりに強く啜り上げられる。
 わざと濡れた音を立てて吸い付かれ、きつく閉じた瞳の裏に白い光が弾けた。ぞくり、と背筋に怖気のようなものが駆けて、腰を震わせながら口腔へと欲望を放つ。成歩堂はそれを口で受け止めて、ようやく幼い性から口を離した。濡れた唇を指先で拭いながら、すいと顔を近付けて汗の滲む額に一つキスを落とす。
「大丈夫?」
 荒い息を吐く御剣にそう問い掛ける声は、今の様子を尋ねるものではない。気遣わしげに覗き込んでくる視線に、御剣は一瞬だけ肩を揺らした。
 彼と体を繋げるのは初めてではなく、少しは慣れてはきたけれど、それでも大人の体でさえ負担の大きな事だ。子供の体でどこまで出来るのか、どれだけの負担があるのか、彼を受け入れる事が出来るのか、全く想像がつかなかった。
 辛くないわけがなく、怖いと思わないわけではないが、それ以上に欲しいと思う気持ちの方が大きかった。御剣は脱力して投げ出していた腕をそっと成歩堂に伸ばし、自ら顔を寄せて唇を触れさせた。
「私が、誘ったんだ」
 だから、やめるな。小さく付け足した言葉に成歩堂は苦笑しながらも嬉しそうな顔をする。一つ溜め息を置いて、成歩堂はわかった、と再び体をずらして御剣の下肢へと頭を伏せた。腰を上げさせられ、奥まった秘所を成歩堂の眼前に晒す体勢を取らされて、あまりの羞恥に御剣はかあっと白い肌を赤く染めた。だがそれも今更の事だ。身を捩った所でしっかりと固定された腰は動かず、成歩堂はそのまま固く閉じた入り口に躊躇いもなく舌を触れさせた。
「ひぅ・・・」
 生暖かな舌が唾液をのせて秘所を弄った。濡れた感触が湿りを擦り付けながら入り口を割り、内部へと入り込んだ。独特の温度を持つものが浅い位置でぬめり、馴染ませるように動く。圧迫感に詰めた声が漏れ、御剣は手の甲を当ててそれを押し殺した。羞恥もあるがそればかりではなく、彼を戸惑わせるような事はしたくなかった。
 出来る限り力を抜いて強張った息を吐いていると、やがて内部を湿らせていた舌と共に、ゆっくりと指が差し入れられた。
 舌よりも奥へ進む指に、びくん、と体が揺れた。流し込まれる唾液をまとって、腹の部分で微妙な刺激を与えながら探る指は、むず痒い感覚と、鈍い痛みをももたらした。つい眉根を寄せてしまうが、顔を伏せたままの成歩堂は気付かない。だが彼も、いつもとは勝手の違う感覚に、やはり戸惑っているようだった。
 二本目の指を出来るだけゆっくりと差し入れながら、成歩堂は一旦舌を引き抜いて顔を上げた。指を動かしながら御剣の様子を窺う。
「キツい?」
「ム・・・」
 直球で尋ねられ、御剣は複雑な顔で唇を引き結んだ。嘘を吐いても見抜かれないわけがない。だからといって正直に答えてしまうことも躊躇われて言葉を濁すが、成歩堂はくしゃりと笑って、ごめん、と付け足しのように囁いた。
「でも・・・やっぱ、やめてあげられないや」
「だったら最初から聞くな! あ・・・っ」
 反論の言葉も、内部に埋められたものを動かされる事で遮られる。それでも幾分は柔らかく馴染んだ秘所は、御剣の呼吸に合わせてうごめき、成歩堂の指を締め付けて誘う。一頻り解して指を引き抜いた成歩堂は、ズボンの前を寛げて既に昂ぶっている自身を入り口へとあてがった。
 灼けるような熱さが触れただけで、身が震えた。それでも懸命に力を抜いて自ら足を開けば、それを合図としたように再び添えられた指が入り口を広げ、熱塊がぐ、と内部へと押し込まれた。



「う、あ・・・!」
 引き裂かれる痛みに襲われ、声が引き攣り、全身が強張った。喉の奥でこもった悲鳴を零し、御剣は申し訳程度に腕に絡み付いていたシャツをきつく握り締める。シャツに皺を刻む指先も、小刻みに震えていた。閉じた瞳からは、ついに涙が零れて紅潮した頬を濡らした。
 抱えられた足で宙を蹴り、シーツの上で身悶える御剣に、半ばまで身を進めた成歩堂は一旦動きを止めて上体を折った。切れ切れに浅く乱れた呼気を繰り返す御剣の頭にそっと手を添えて、なだめるように撫でる。行為の最中の不意の優しい所作に、御剣は閉じていた双眸を開いて成歩堂を見つめた。間近から覗いた瞳は熱を帯び劣情に塗れて、それでも真っ直ぐに自分を映していた。
 浮かぶ欲望の色の中に、どこか切なげなものが混じっていることに気が付いて、御剣は痛みに耐えながら成歩堂を呼んだ。
「な、る・・・ほどう・・・?」
「ごめんね」
 呟く声は、やはり熱を帯びていたけれど、それ以上に苦しげな響きがあった。行為に対してのものなのか、それとも違う事に対してなのか。御剣が訝しげな顔で口を開こうとすると、それを遮るかのように成歩堂は突然身を動かした。
「い、ああっ!」
 全ては収めず、半分ほどを埋めた状態で、成歩堂は小さな体を揺するように腰を動かした。激しい抜き差しではないが、内部を押し広げ弱い部分を圧迫されて、痛みだけではなく快楽も滲んで脳髄を蕩かせた。発した声にも甘いものが混じる。涙を散らしながら体を仰け反らせる御剣の腰を引き寄せ、成歩堂は少し深くを抉りながら、再び力を持ち始めた御剣自身に手を添えた。
「あっ、や・・・ふ、ぁ・・・!」
 絡みついた指が上下に動いて快感を煽る。ふるふると頭を振って御剣は喘ぎ、おとずれる絶頂に強く目を閉じた。びくん、と体を揺らして成歩堂の手を欲望で汚し、無意識に内部を引き絞る。
 強い締め付けにく、とうめいて、成歩堂は身を引き、抜いた自身へ手を添えると、御剣の下腹へ共に白濁を吐き出した。小さく震える幼い体を、二人の精が交じり合って汚す。絶頂を極めた肢体はうっすらと上気して桜色で、そこに白い欲望が散る姿はひどく淫靡的だ。
 体に纏わりつくぬめりも、二人共に欲望を満たしあった証なのだと思えば不快でもなく、御剣は成歩堂の、着たままだった青いスーツの裾を掴んで引き寄せた。弱い力ではあったが、成歩堂は苦笑しただけで特に払い除けもせず、御剣に従ってその隣に横たわる。
 満足げに笑った御剣は、小さな体を摺り寄せるようにして、そのまま目を閉じた。



 翌朝には、姿も元に戻った。
 とはいえ無理を強いた体は元に戻っても鈍く軋み、結局動く事もままならずベッドに身を沈みこませる結果となった。こればかりは自分の責任もあるので文句も言えない。御剣はむっつりと不機嫌な顔で、ぼんやりと見慣れない天井を見上げていた。
 ごめんね、と最中に囁かれた言葉。君を十五年も苦しませる事もなかったのに、と申し訳無さそうに呟いた表情。
 御剣はきつく眉間に皺を寄せる。若返りの薬だなどと、怪しいものを黙って飲ませた事に関してはいくら謝られても足りないが、他の事に関してはそうではない。十五年。成歩堂と離れてから、父を失った悪夢に苦しめられてきたけれど、それは自分の弱さのせいだ。それに彼が当時、本当に大人で弁護士だったとしたら、確かに真実に辿り着けたのかもしれないけれど、過去にもしもを持ち込んでも仕方のない事なのだ。
 そうとわかっていても、成歩堂は自分のために、ごめん、と言う。
 御剣が深く溜め息を吐くと、同時にドアが開いた。両手にマグカップを抱えて現れた成歩堂はベッドの脇に腰をかけ、片方を上体を起こした御剣に差し出しながら、小さく首を傾けて御剣の顔を覗き込んだ。
「大丈夫?」
「私が誘ったんだ。気にしなくていい」
 素直に大丈夫だとは答えてやらずにそう言うと、成歩堂は申し訳無さそうに身を小さくしながら項垂れた。法廷での姿からは想像も出来ない情けない姿だ。御剣はますます眉間の皺を深くしながら、特大の溜め息を吐いて、すっと成歩堂の襟元に手を伸ばした。上着を脱いだワイシャツの襟を掴み顔を寄せて、息も触れそうな近くからきつい眼差しで睨み付ける。
「どうして、謝る?」
「・・・・・・」
 短く尋ねると、流石に意味は察してか成歩堂は気まずげに声を詰まらせた。
 わかりやすい反応だ。御剣は一旦カップをサイドテーブルに戻し、成歩堂のそれも取り上げて脇に置いて、成歩堂の目を深く覗き込んだまま、子供の姿の時にそうしたように、こつんと額をあてた。
「私は、君が居れば幸せだ、と言った」
「はい」
「君が十五年分私を幸せにすればいいだけの事だろう。異議があれば言ってみろ」
「・・・ありません」
 成歩堂は降参とばかりに両手を上げて、小さく笑った。その手をそのまま御剣の背中に添えて抱き締める。それに応えて自らも成歩堂に腕を回しながら、御剣はふ、と表情を緩めて苦笑した。昨夜は抱き締められると胸にすっぽり収まってしまったけれど、今はそうはいかなかった。
「僕は、君には敵わないようになってるんだなあ」
 何とはなしに抱きあったまま、しみじみと呟いた成歩堂に、御剣はふん、と高慢に鼻を鳴らした。
「何を今更」
 呟いて口に含んだブラックのコーヒーは、もう、苦くない。




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