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  観用少女 〜platinum〜 ACT.1
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コロニー『スネイル』の中心にそびえ立つ高級ホテル、その最上階。窓から見える景色も最上の物だったが、内装は質素、良く言えば機能的なもので、最初にこの部屋に招かれた人はその違和感に首を傾げる。そしてその部屋には内装には似付かわしい軍服の男女の姿と、逆に違和感を際立たせる幼い少女の姿があった。
歳も性別も異なった彼らの正体を一目で見破ることは難しい。だが改造した軍服のエンブレムに示された名は、彼らが聞けば誰もが恐れる傭兵、サーペントテールのメンバーであることを示していた。
とはいえ、今は任務中ではない以上ここは単なるリビングルームだ。各自リラックスして食事を楽しむ姿からは、苛烈な傭兵の任務を窺い知ることはできず、まるで仲の良い家族のような雰囲気がそこには漂っていた。

「ちょっと、遊びに行ってくるね!」
食事を終えた少女―――風花が昼食が並んでいたテーブルから食器を運び出し、備えつきの簡易キッチンへと置いたかと思えば、すぐに身を翻し部屋を出ていく。
普段は年不相応ともいえる落ち着きを見せる風花だが、やはり遊びたい盛りの子供には違いない。その母親であるロレッタは微笑んで出かける娘の姿を見送った。
「最近、やたらと遊びに出かけるな」
昼間から酒瓶を片手にした男―――リードが興味深そうに窓の外を見下ろす。企業用の建物が立ち並ぶスネイルは比較的治安の良いコロニーではあるが、子供が一人で遊び歩くほど娯楽に満ちた場所ではない。
実際、サーペントテールがここに居を構えてそれなりになるのだが、その間それほど風花が遊びに出たことはなかったのだ。
「友達でもできたのかと思ったんだけれど、違うみたいなのよね」
ロレッタもやはり気にしていたのか、リードの言葉に心配そうに窓の外に広がる街を見下ろした。
コロニーの性質上、あまり同年代の子供がいることも考えにくく、また風花はサーペントテールの任務で一ヶ所に長く留まれないことを考慮してか、そういった友人を作りたがらない節がある。
今回も誰か特定の相手に会いに行っているのではなく、一人で遊んでいるようではあるのだが、具体的に何をしているかまでは聞きそびれているようだ。その原因が自分の仕事にあるとわかっているので、ロレッタもあまり強くも聞き出せずにいるのだろう。
聡明な子なので危ないことはしないだろうと思ってはいるのだが、それでもやはり気になるのが親心なのか。同じテーブルについてはいたが、会話には参加せずニュースを眺めていた男―――劾に向かってロレッタは話し掛けた。
「ねぇ、劾が少し様子を見てきてくれないかしら」
「…俺がか」
そういったことならリードの方が適任だろう、と返そうとして相手が風花であることに気が付く。確かにリードはそういった方面について優秀だが、風花との相性という意味では少々問題だ。…それは、リードが風花をよくからかっているからなのだが。
それに、情報収集が本業のリードに調べられたとなれば、例え後ろ暗いことがなくても余りいい気分はしないだろう。
「今ならまだ部屋で出かける準備をしてると思うのよ、聞いて教えてくれれば一番いいんだけど…どう?」
「…了解だ」
見ていたニュースを消し、劾は立ち上がった。すまなそうに見送るロレッタに気にするな、と声をかけ、リビングを出る。
そのまま各自の部屋へと続く廊下に出れば、既に準備を終えたのか、階下への道を曲がる風花の後ろ姿が見えた。
小走りでエレベーターホールに向かう姿を追い掛ければ、すぐにこちらに気付き、その足を止める。
「劾も出かけるの?」
「いや、お前に用事だ…ロレッタが、最近どこにいっているのか心配している」
その言葉に思い当たる節があったのか、風花の顔が曇った。
「なにか、秘密の場所でもあるのか」
「そんなに、秘密にしたいわけじゃなかったんだけど…」
劾の問い掛けに言葉尻を濁し、困ったように風花は視線を宙に泳がせた。言っていいものか悩んでいる素振りだ。しかし、ふと思いついたのか劾の袖をつかみ、一緒にエレベーターに乗るように促した。
「時間、大丈夫だよね?劾も一緒に来てくれれば、お母さんも心配しないと思うの」
「俺は構わないが…お前はそれでいいのか」
「うん、平気。ただ…あんまり劾に似合う場所じゃないとは思うんだけど」
「………?」
風花の言葉の意味を捉えかねながらも、二人を乗せたエレベーターは話しているうちに一階へと到着した。劾は風花にそのまま手を引かれて、ホテルのフロントを通り抜ける。
目指す場所はそれほど遠くもないのか、タクシーやバスなどには乗る様子はなく、そのまま繁華街の方面まで二人は歩き続けた。まだ昼時なのか多数の客で賑わうレストランを横目に、少し薄暗い通りを進んでいく。
水商売用だろうか、華やかながら色味の濃い衣裳を取り扱うショーウィンドウがいくつか目についた頃、一際目立つ大きなディスプレイの店の前で風花は立ち止まった。
中には数体のマネキンが座り、競うように衣裳を着こなしていた。そこに並ぶ服は他の店とは随分雰囲気が違い、華やかには違いないがどちらかといえば清楚な、大人の女ではなく少女が着るためのドレスのようだった。風花が着るには少々サイズが大きいようだが、この年ごろの少女が憧れるに相応しい服には違いない。
「これが欲しかったのか?」
「うん、でもあったらきっと、任務の邪魔になるでしょ?」
「まぁ…傭兵には似付かわしくないかもしれないが」
「それでも見にきてるの知ったら、お母さん無理して買ってくれちゃうんじゃないかと思って、言いそびれてたんだ…」
確かに、ロレッタはそれを知れば喜んで風花のためにこの服を買い求めるだろう。着る機会が少ないのは事実だろうが、そもそも余り日常的に着るタイプの服とも思えない。それならば一着くらい自分がこのまま買って帰っても構わないか―――と、置かれた値札を見て、劾は目を疑った。
「……服一着が、この値段なのか?」
ロレッタが無理すれば買えなくもない金額、だとは思う。サーペントテールの収入は危険に比例しているので安くはないからだ。ただ、こういったものの相場には詳しくないものの、そこに書かれている値段の異様さはさすがに服の範囲を超えているとしか思えなかった。
「―――MS一体分だぞ…」
茫然と呟いた言葉に、慌てて風花が訂正を入れた。
「ち、違うよ劾!ここで売ってるのは服じゃなくて中身!人形の方だってば!!」
「人形?」
そう言われてウィンドウの中身を見上げてみれば、マネキンだと思っていたものは、随分精巧に作られた人形なのだと気が付く。豪奢な金糸の髪に影が落ちるほど長い睫毛、整いすぎた美貌はそれでも冷たい印象は与えず、むしろ人間的な温かみさえ感じられた。確かにこの出来ならば下手な美術品でも太刀打ちできず、それだけの価格をつけられることにも納得がいく。
「…不思議なものだな」
「観用少女―――プランツ・ドール、っていうのが正式名称らしいんだけど…この人形、生きてるんだって」
同じようにプランツを見上げながら、風花が話す説明によると、分類学上は『植物』に分類される、らしい。ただし見た目は御覧の通り美しい人間そのもので、自らの意志で主人を選び、歩き、話し、時には歌い、持ち主の心を癒すために作られた『人形』。
そしてまるで本物の少女のように甘い砂糖菓子と暖かいミルクを好み、持ち主の愛を受けて美しく咲く、まさに『観用少女』なのだという。
「凄くお金も手間も掛かるらしいから今は見てるだけなんだけど…いつか自分で買えるようになるまで頑張るんだ」
そう言って、ショーウィンドウの中に憧れの眼差しを向ける風花に、劾はその身体を抱き上げて、間近でプランツの顔が見えるようにしてやった。子供扱いが照れ臭いのか、一瞬躊躇う素振りを見せたものの、目の前に見える人形の誘惑には勝てなかったのか、しばらくそのまま嬉しそうにプランツを眺めていた。
「…こうして飾ってあるのも綺麗だけど、実際に愛されて育てられてるプランツって、もっときらきらして、綺麗になるんだって。見てみたいな―――」


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「プランツの店か…スネイルにもあったとは知らなかったな」
まだ暫らくプランツを見ていく、という風花と別れ、劾は事の次第を二人に報告していた。ロレッタもプランツについては知らなかったらしく、興味深か気に話を聞いている。一方リードの方はさすがにプランツの存在そのものは知っていたようだが、その店がここスネイルにもあることには驚きを隠せないようだった。
「基本的に金持ちの道楽だからな、プランツってのは。こんな商業用コロニーにまであるとは思わなかったな…」
自分が知らないことがあったのが癪なのか、手元の端末を操作し、リードが次々とプランツに対する情報を探していく。
「歌うプランツ…へぇ、見ろよ、ザフトの歌姫に似せたプランツとかもいるらしいな、本家に怒られたりしないのかねぇ」
端末に映し出されるプランツ達はどれも美しく、リードが言うように特定の有名人に似せたものも作られているようだった。また、高価なものであることも手伝って、犯罪に巻き込まれるケースも多いらしい。ただし持ち主の手を離れたプランツは儚く枯れ果て、商品としての価値を失うことから、むしろ人質代わりとして誘拐されたりするケースが多いようだった。
「…これは?」
そんなニュースのなか、見慣れた『依頼』の文字を見つけて劾は画面を開いた。こういった情報屋向けのニュースを利用し、不特定多数の傭兵たちに広く依頼を呼び掛ける方法だ。
「プランツと家財の護衛依頼…ね。商談で家を空ける間の用心棒代わりみたい」
同様に画面を覗き込んだロレッタが素早く内容をチェックする。依頼の規模としては小さく、本来ならばわざわざ自分たちが請けるようなタイプの仕事ではない、と無視するような内容ではある、だが。

―――『実際に愛されて育てられてるプランツって、もっときらきらして、綺麗になるんだって』

…わざわざ留守番程度で警護を頼むほどのプランツならば、持ち主にも愛され、慈しまれているだろうか。
そして、手に入れることは出来なくても、それが小さな仲間の願いならば、それを叶えるために少々の仕事を引き受けても構わないと、おそらく三人ともが考えたのであろう。リードが大袈裟なため息をつき、依頼者に連絡するための連絡コードを端末に打ち込み始めた。
「…っとにお前らは、風花に甘いんだからよ」
「いいじゃないの、たまにはこんなのんびりした仕事も」
仲間であると同時に自分の大切な家族である風花のことを気に掛けてもらえたのが嬉しいのか、満面の笑みでロレッタが応じる。
「MSを出すような依頼じゃないみたいね。リードには待機してもらって、劾と私がそれぞれ建物の中と外を警護すればいいかしら」
「自分も興味があるんだろう、中で風花といればいい」
「そんなことしてると、私が欲しくなっちゃいそうね」
軽口を叩きながらもロレッタが依頼に必要と思われる作戦をいくつか提案していく。実際に依頼を引き受けなければ詳細を決められない部分も多いはずだが、実のところ期待に気が急いている部分もあるのだろう。幾つになっても女性はそういった人形遊びに心動かされるということか。
早速相手方に連絡をつけたのか、リードが端末を通して条件の交渉を始める。もとより報酬を期待しての仕事ではない。難なく契約はまとまるだろう。
どうせならば、この穏やかな午後の空気を持ち越したような、そんな任務になるといいと思いながらサーペントテールのメンバーは任務の日を待つこととなった。


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任務当日、とあるコロニーの高級住宅街。
当初の予定通りリードは車で情報収集をしつつ待機、劾は美術品が納められている別館を中心に外部の見回り、ロレッタと風花は内部の見回りと役割を分担することとなった。幼い風花の姿を見た依頼主は一瞬眉を潜めたが、そのジャケットに記されたサーペントテールのエンブレムに文句をつける気はないようだった。
「主な価値のあるものは別館に移動してありますが、いくつかはこの本館にも残してあります。そこの絵ですとか…外すのも大変だったもので。できればプランツとこちらにいて見張っていただけますか」
「了解いたしました」
背後の大きな絵を指し示し、恰幅の良い紳士の依頼主が付け加える依頼内容にロレッタが応じる。その後ろに控えているのは依頼人の夫人なのか、気の強そうな女性が値踏みするように劾たちを眺めていた。
「あなた方がかの高名なサーペントテール…こんな依頼を引き受けてくださるとは思いませんでした、感謝しますよ」
女性の愛想のなさとは裏腹に、依頼人の方は非常に腰も低く、サーペントテールの名に恐れを抱いているのが透けて見えるほどだ。尤もそういった依頼人の態度自体は珍しいものでもないので、それ自体は気に留めるほどではない。
そして一通り依頼内容を確認したところで依頼人が隣の部屋から連れてきたのが、銀一色でその身を包まれた、美しい少女だった。
「イライジャです、今回お任せするプランツドールになります」
人の年齢に当てはめるなら、十代半ばといったあたりだろうか。肩に届くか届かないかといった長さの髪も、長い睫に彩られた瞳も、プラチナシルバーに染められていて、雪のように白い肌に純白のドレスを纏った姿は美しい、の一言に尽きるものだった。少女というには少々細すぎて丸みが感じられないところと、やや高めの身長が難点といえば難点、くらいか。
それでも初めて間近に見る『生きている』プランツの姿に、風花が感嘆のため息を零す。…だが、劾はその姿に違和感を感じずにはいられなかった。
確かに美しい。造形には非の打ち所など一切ないだろう。着ているドレスも間違いなく一級品だと一目でわかる仕立てのよさだ。
ただ、このプランツには生気のようなものが感じられない。元々そういうものだといわれてしまえば『生きている』実物を見るのがはじめてである劾には判断などしようもないのだが、白いというよりは色のない頬や、疎らにその頬を隠す髪、そして何より愁いに沈んだその表情が『愛されている』という言葉の印象を裏切るのだ。
まぁ、それも主人との短い別れを想って憔悴しているのかもしれないと思えば納得もいく。それほどプランツとは繊細に出来ているらしい。
「本当に、綺麗ですね…」
そんな劾の思惑には気付かないのか、風花は興味しんしんとばかりにイライジャを眺めていた。遠慮のない視線に居心地を悪くしたのか、少し後ずさりするイライジャを依頼人の夫人が前へと押し返した。
「綺麗なだけで、他に芸も無い子ですけれどね。歌ったり絵を描いたり…そういったことが出来る子もたくさんいるというのに。それでもプランツには違いないですので…、くれぐれもよろしくお願いいたします」
そう告げると、夫人は振り返りもせずにそのまま部屋を出て行ってしまった。一礼したあと、すぐ後ろを依頼人も追いかけていく。後には静寂と、ドレスの裾を握り締めて俯くイライジャ、そして劾たちが残った。
「…こんなに綺麗なのに、それだけじゃダメなのかな」
風花が悲しそうに依頼人の去った方を見る。夢見ていたことと現実との落差は少なからず彼女を傷つけたようだった。
「…奥様は、あんまりイライジャが綺麗だから嫉妬してるのかもしれないわね」
「依頼人の名義も夫人ではなくあの主人だ、可愛がっているのはそちらの方なのかもしれないな」
二人のフォローにも風花の顔は曇ったままだったが、それでも目の前にあるプランツへと触れられる誘惑には打ち勝てなかったのか。事前に世話用として渡されていたブラシと香り玉―――プランツ専用の肥料のようなものらしい―――を手にイライジャへと近づく。
一瞬その腕に怯えた様子を見せたイライジャだったが、風花が自分を慕ってくれているのがわかるのか、やがて自ら腰を屈めて、風花の手が届く位置へと近づいてみせた。
途端に満面の笑みを浮かべ、イライジャの髪にブラシを当て始める風花と、それを見守るロレッタを横目に、劾は外への見回りへと足を向けた。


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屋敷の外に広がる空は、雲一つ無い晴天が広がっていた。地球と違い気候が完全に制御されたコロニーでは、予報された天候が変更されることは無い。今日は一日この天気が続くはずである。当然自然環境を整えるため、雨や風の日も予定されているが、今日がその日ではないことは有難かった。この空ならば空からの侵入者には気を使わなくて済む。目立ちすぎるのであまりにも侵入には向かないのだ。
逆に言えば空から来る様な侵入者は、それほど後先を考えない、場当たり的な犯行でもない限り考えにくい。
ただでさえこの付近には似たような高級な建物が並び、取り立ててこの家だけを狙うような必要が無い。更に依頼者が大々的に傭兵を雇うために情報を公開していたので、いまやその筋の人間でここにサーペントテールが雇われていると知らないものはいないだろう。そして、そこにわざわざ侵入するような賊も。
「このまま、何事も無いまま終わりそうだな」
相変わらず変化の見られない空を見ながら劾は呟いた。依頼された時間は短く、依頼主が別の街へ取引を行いに行く約半日の間だけが劾たちが受け持った時間だ。それ以降は今は依頼者と行動を共にしているガードマンが戻るから警護は不要、ということらしい。
その分報酬はかなり低め…ではないかと思いながら受けた依頼だったが、実際のところは短時間の依頼とは思えないほど多額の報酬が約束されていた。今までに他の傭兵が引き受けなかったのが不思議なほどだが、どうやらあまり有名ではない傭兵は依頼者の方から断っていたようだ。実際の交渉を請け負ったリード曰く、『サーペントテールなら異存は無い』と依頼が成立した経緯もあったらしい。
その言葉が指し示す意味はわからなかったが、依頼を受けた後のリードの表情が冴えないように見えたのには、何か依頼に裏があったのかもしれない。
しかし、リードが契約を成立させたのであれば、それは劾たちにとって足枷にならない内容だと判断したのだろう。それならば自分たちは出来る仕事をやるだけだ。
そう思いながらコロニーでは贅沢品の花が咲き誇る中庭を横切り、別館の周りを巡ろうと裏手に足を運んだとき、劾は聞きなれた、だが信じがたい駆動音を聞いた。
―――MSのエンジン音!!
己の耳を頼りに発信源を探り出す。高い別館の壁が反射して微妙に正確な位置を掴み辛くしたが、そこはプロの傭兵である。すぐに気付き視線を上に投げれば、ザフトが使用しているMS、ジンが一機空から降下してくるのが見えた。
こんな住宅街にMSで侵入するなど、考え難いというよりは不可能なはずである。入港時の貨物チェックは厳しく、戦闘用のMSは基本的に軍の拠点があるところでも無い限り持込は禁止されているのだ。
それが出来るということは―――内部から手引きでもあったのか。
任務の内容からある程度の人数と戦闘になることは考慮し、そのための武器は用意している。だがMS戦はそもそも住宅街では禁止されているため、今回は準備していなかった。いくら傭兵といえどもMS相手に生身の人間が対抗できるはずも無い。こうなれば実際に家財を持ち運ぶためにMSから降りた時を狙うしかないだろう。
轟音を鳴らしジンが花壇に囲まれた中庭へと着地する。風圧に負けた白い花の花びらが舞い散る中で、それに不似合いな巨人が本館へと向かい歩き始めた。
「単独犯か」
後に続く人影や他のMSなどが無いところを見ると、敵はは一人で作業を行うつもりのようだった。仲間はいるのかもしれないが、いても降下を手伝うために上空に待機する程度だろうか。
素早くジンからの死角に隠れ、事前に聞いていた裏口から本館へと入る。
そして一直線、先ほど通されたあの絵のある応接間―――まずはイライジャたちの無事を確かめるため、その部屋へと劾は足を向けた。
この音であればロレッタも危険を察して隠れているかもしれない、任務のためにもそのほうがいいだろう。
だがその期待は裏切られ、応接間には家具にしがみ付いてこの場を離れようとしないイライジャと、それを何とか引き剥がそうとするロレッタと風花の姿があった。
「劾!!」
走り寄ってきた劾の姿に気付き、風花が悲鳴のようにその名を呼んだ。
「どうしよう、イライジャがここから動きたがらないの…!!」
ロレッタは女性だが、流石に傭兵をやっているだけあって多少の荒事には動じないし、腕力も弱くは無い。増してや風花と二人で本気で力を込めたならば、この細いプランツが動かないはずも無かった。だが実際はいったいどこにそんな力があったのか、必死の様子で家具から離れまいとするその姿からは、動く様子など微塵も見られなかった。
「ダメだよ、ここにいたら危ないんだよ!!」
風花が必死で呼びかける言葉など聞こえていないのか、益々しがみ付く力を強めるイライジャに、劾は冷静に判断を下した。
「侵入するのも時間の問題だ、動かないのならば踏み込ませないようにするしかあるまい」
劾も手伝ってしまえば流石にイライジャも抵抗しきれないだろうが、今はそれより時間のロスの方が大きい。それならば近づけないようにする方が結果的に安全だろう、そう思った直後。
ガラスの砕け散る高音と、飛び込んでくる花嵐と砂煙。その方向に目を向けるまでも無く、侵入者によって応接間と隣接したサンルームが破られたことを誰もが察した。
「MSのまま侵入してくるとは…!」
美術品狙いだとするならばもっと慎重に行動を起こすと思っていたのは甘かったようだ。20m強のその大きさは本来室内に乗り込めるようなサイズではないが、サンルームなど脆いガラスの塊だ。その中に用事が無ければMSならば容易く破壊できてしまうだろう。気圧差によって吹き込む土煙に視界を奪われ、その隙にMSから人影が姿を現す。
MS用のヘルメットを被っているため顔は見えないが、武装した男が一人、乗り込んでいたようだった。装備品は軍からの流失品が主で、パーソナリティを特定できるようなものは無い。
片手には小型のマシンガンを構え、無言のまま劾達の方へと歩いてくる。銃口は迷い無くロレッタたちを狙い、明らかに劾にプレッシャーを掛けてくる。下手に動けばイライジャはもとより、ロレッタも風花もその銃の餌食となるだろう。
互いにタイミングを見計らう間、ふと侵入者の視線が壁に飾られた絵に動いた。その隙を見逃さず劾も銃の照準を絞る。その時。
「駄目!!」
ロレッタの制止を振り切って、イライジャが侵入者の射線の前にその身を躍らせる。反射的に劾も侵入者もトリガーを引き、目の前の相手を狙う。だが侵入者の方は手元が狂ったのか、その弾は大きく垂れ下がったシャンデリアを粉々に打ち砕いた。吹き込んできた風が、花びらと、ガラスの破片で視界を真っ白に染める。そしてその中で風を受けて広がる、白いドレス。
その姿は、こんな場所には不似合いなはずなのに、何故かどの場所にいるよりも美しく、まるで上等な女優に用意された舞台装置のように観客の心を惹きつけた。
劾ですら一瞬目を奪われ、撃った相手の動きを確認しそこねたほどだ。
勿論劾の弾は狙いを違わず、侵入者の手を打ち抜いていた。一瞬の間を空けてその手が持った銃を取り落とす。鉄の塊が落下する無粋な音に、現実に戻ったロレッタがイライジャをその手に引き戻す。
「傷が…!!」
シャンデリアの破片を受けたのか、肌や手足には細かい傷がつき、整った顔の左半分には、片目を切り裂くような形で縦に長い亀裂が刻まれている。『植物』だからなのかそこから赤い血は流れていなかったが、余りの惨状に風花は目を反らして俯いた。
一方劾の銃弾を受けだ男は、不利と悟ったのかすぐにその身を翻し、MSへと戻ろうと走り出した。しかしその無防備な後姿を見逃すはずも無く、もう一発撃たれた銃弾が、あっけなくその退路を塞ぐ。迷いなく首筋に打ち込まれた銃弾は、この世への帰り道ごとその退路を侵入者から奪った。
相手が倒れるのも確認せず、劾もすぐさまイライジャの元へと駆け寄る。ロレッタの腕に抱きかかえられた姿はぐったりとしていたが、何故かその表情は明るく、宙を見つめて微笑んでいた。
「一体、何が目的で…」
そうロレッタが呟く横で、劾がイライジャの視線を追いかける。イライジャがしがみ付いていた家具のすぐ上に飾られていたのは、最初に依頼人が価値のあるものとして指し示した大判の絵画があった。幸いにして額縁に守られ、ダメージは受けていないようだ。
「まさか、これを守りたかったのか?」
イライジャから返事はなかったが、その満足げな表情を見ていればそれを疑う余地などない。イライジャは、その身を呈して主人の絵を守ったのだ。
「そうか……」
華奢な身体に秘められた、傭兵と同じ『心』。今のイライジャには会ったときに感じた生気のなさが嘘のようだ。
劾は初めて、プランツが『生きている』と言われる理由を知った気がした。


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その後一度スネイルのホテルに戻り、リードを通じて雇い主に連絡を取れば、絵や他の家財を守ったことは評価しているが、イライジャに傷が付いたことを烈火の如く怒っている、とのことだった。当然報酬を払う気はなく、むしろ弁償するべきだと主張したらしい。
それに関しては明らかにこちらのミスなので異存はなかったが、プランツの修繕費用を支払うといったリードに対して依頼者が持ち出してきた条件が『買取』だったというのは予想外で、連絡を受けた三人は揃って顔を見合わせた。
「傷の付いたプランツなんぞ、興味はないって感じだったぜ」
それを聞いた風花はそれこそすぐにでも屋敷にとって返さん勢いで怒っていたが、劾がその条件を飲むことを告げると、納得行かないながらも従う気になったのか、憮然とした表情で座り込んだ。
当のイライジャはあの後流石に気を失ってしまったので、ガラスを叩き落とした状態で今は劾の腕の中に抱かれている。顔には大きな傷が残ったままだが、それはまるで艶やかな陶器に皹が入ったように見えた。
「…最初から、そのつもりだったんだろうぜ」
一人リードだけが全てを察していたのか、契約書類を片手に呟く。あれから調べ上げたのか、依頼人の情報もそこには添付されていた。
「依頼人の職業、美術商だとさ。随分多額の取引を行ってきたらしいが、曰くつきの品物を他のコロニーへ運び出すときに、随分と宙港の奴等に鼻薬効かせてたそうだ。…MSの一機くらい、簡単に持ち込めるほどにな」
「あの侵入者ごと、仕組まれてたってこと?」
「でも…こちらにプランツを引き取らせても何もメリットはないんじゃない?」
風花とロレッタが次々と問いかける疑問にシンプルに答えたのは劾だった。
「飽きたんだろう」
「そんな…」
依頼の前に見せた依頼人の夫人の態度は、そういうことだったのだ。
リード曰く、プランツの買い取り価格というものは非常に低く、購入額と比べればあまりにも安すぎる金額になっているらしい。維持費にも金がかかり、売っても安いとなれば、あとは―――そう考えて仕組まれた茶番だったのだ。契約時に言っていた『サーペントテールなら依存は無い』は、高名な傭兵であればプランツの代金も支払えるだろうという意図だったらしい。そして元々支払う気のない報酬なら、いくら高い値を掲示しようと懐も痛まない、というわけだ。
「そんな…そんな理由なんて、可哀想だよ…!!」
我慢できずに泣き出した風花を、ロレッタが抱きしめる。自らの運命を知らずに腕の中で眠り続けるイライジャは、目を覚まして自分が捨てられたことに気付けばどう思うだろうか。嘆き悲しみ、それだけで枯れてしまうのだろうか。
「…そんなのやだ、アタシが絶対そんなことさせない。前の持ち主よりずっとずっと大事にして、幸せにさせるの!!」
泣き腫らした目に決意を滲ませて、風花が顔を上げた。一瞬躊躇いながらも優しくイライジャの頬に手を沿え、そっとその身体を揺する。浅い眠りだったのかすぐに目を覚ますイライジャに、風花は出来る限りの笑顔で微笑んだ。
「今日からここがあなたの家になるの。とりあえずその服着替えようよ、ガラスだらけだよ?」
言われた言葉の意味が飲み込めないのか、澄んだ瞳を何度も瞬かせるイライジャに構わず、風花がドレスに手を掛けようとする。しかし残った破片で傷つけたのか、すぐに小さな悲鳴を上げて手を跳ね上げてしまった。薄く血が滲んだ手を離させ、戸惑うイライジャを自分の元に引き寄せた。
「お前は何か着れそうな服を用意していろ、脱衣所で脱がせてくる」
「…劾が?」
流石にそれには複雑な心境になったのか、微妙な表情を浮かべる風花に構わず、劾はイライジャを抱きかかえたまま脱衣所へと足を向けた。随分と土埃も被っているのでシャワーも浴びさせるべきだろうか、などと思いつつドレスを引き落とし、現れた身体に流石の劾も呆然として、ドレスを片手に立ちすくんだ。
「…倒錯趣味にも、程がある」
少女というには丸みに欠け、身長も高いと思ってはいたが。
「風花には任せられなくなった、か…?」
プランツ・ドール、イライジャの身体は…『少女』ではなく、『少年』のものだった――――。



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